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Yakov

2008年12月31日

С Новым Годом!

С Новым Годом!



Желаю вам успехов и счастья в Новом Году!

・・・ということで皆様、少々早いですが来るべき新年のご成功と幸せをお祈りいたします。





無限に続くロシア式乾杯・・・の代わりに以前友人から贈られた空薬莢で作られた杯の画像でも。
このときは衛生兵の格好でリエナクトに参加していたためモチーフもご覧の通り。
ヤーコフ・ハビブーリンというのが筆者の源氏名(笑)なのである(98年、夕刊紙ヴェーチェルナヤ・マスクヴァにこの名前で紹介された)。
1938年・赤軍創設20周年と書いてあるのになぜ1941年式対戦車銃の薬莢なのか?という無益なつっ込みはしないように。リエナクトには大抵PTRD41が登場するのでこれが一番入手しやすい小型薬莢なのだ。ま、(当時あったか知らないが)航空機銃の薬莢ということで見逃していただきたい。

それでは皆様、よいお年を。  

Posted by Yakov at 20:05Comments(4)

2008年12月30日

カレンダー(2)

 年末ということで唐突にカレンダーネタでも。大掃除(いや、本気でやったわけではないのだが)の際に何故か出てきたスターリンカレンダーである。



葉書よりふた周りほど小さな紙焼きの小型カレンダー。1977年及び1979年という何の節目で作られたのかよく判らない代物である。30年代とかにはよくあったタイプだが、この頃にはいささか古臭いスタイルだったはずだ(例のエロトランプでもあるまいに)。多分狙って作ったのだろうが・・・。



これらは2ヶ月分が一枚に刷られており、おそらくは壁に画鋲で留めた、とかだろう。息子の空軍将官ヴァシーリーとの2ショット・・・というよく判らないページもある。



このカレンダーは日めくりのように切り取って使用されたようだ。



一枚の大きなプリントを折りたたんで作られたもの。尤もカレンダーとして機能するのは一面だけで、他の写真はどうしろというのだろうか。切り取って定期入れに・・・というような文化はないような気もするのだが(財布には入れるかもしれない)。
まあ、バラバラにしてメンコ、とかトレーディングカードみたいに・・・という可能性はさらに低いと思う(笑)。

・・・年の瀬というのに資料性皆無な話題で失礼した。尤も、多分来年もこんな調子になると思う。  

Posted by Yakov at 18:50Comments(2)

2008年12月29日

特別栄誉部隊記章(5)

 野戦食器ばかり続いたのでちょっと休憩、記章関係の一発ネタを。





知人から預かった特別栄誉部隊制服のバリエーション。左は以前紹介したおそらく92年頃、移行期のものだが、右は襟章の縁、肩章の文字が刺繍になっている。9月の記事で71年の制定当初は袖章が規定されていなかった、と書いたが、この服にも袖章は(絹刺繍の特別製、通常型のいずれも)ついていない。とりあえず70年代初めのものかと思われるが、規定書を見ても「肩章の文字は刺繍または金属」と記載してあるだけなので「初期型の肩章文字は刺繍」とは言い切れないようだ。
まあいずれにしてもこの辺のコレクションは(バリエーションを集め出すと)きりがない。(私設博物館でも持っているならともかく)居住空間に限りがある身としては悩み多きことである。  
タグ :礼服記章

Posted by Yakov at 17:18Comments(0)

2008年12月28日

野戦食器(8)

 本日は来客につき簡単に。昼間、海の近くに行っていた・・・というわけではない。



以前にも似たような画像を載せたような気がするが(旧ブログの「トレンチアート」だったと思う)、ロシアの伝統的なスプーンのフォルムといえばまずこのような形が挙げられる。民芸調の漆塗りがよく売られているのだが、上のような簡単な表面仕上げをしたものも非常によく見られる。リエナクターは絵付け前のスプーンを市場で買い込み、白木のまま使ったりするのだ。



この手のデザインもよく見られる。上二つは帝政期のものだが、真ん中のようなデザインでフランスやドイツの工場で作らたもの(ロシア向けだろうが)も結構ある。下のスプーンはソ連時代のアルミ製だが、デザインは伝統的なパターンを踏襲しているのがわかる。



この手の装飾過多なデザインは帝政期によく見られたが、スターリン時代の復古調・・・として似たようなものが数多く作られた。真鍮に銀メッキという材質のものが主流で、個人的には結構好みである。この頃のコップホルダー同様、ついつい何個も買い込んでしまった。



サイズがわかりにくいがティースプーンである。モスクワの建設者ユーリー・ドルゴルーキ像、レニングラードの青銅の騎士という「名所シリーズ」の一環であろうか。ティースプーンのコレクターは世界に数多いが、ソ連製品の人気の方はどうなのだろうか。  
タグ :小物食器

Posted by Yakov at 18:03Comments(0)

2008年12月27日

雑記・ソ連レーション

 ロシア軍レーションはともかく、さすがにソ連軍レーションの現物を持っているわけではない(もし持ってても食べられないし)。以前旧ブログで紹介した書籍・「アフガンのGRUスペツナズ」の記載を肴にした雑記、ということで。



例によって解像度が低い画像なのだが、左上の小さい挿絵は夏期山岳レーション、下の挿絵がより一般的な「標準口糧No.5である。

山岳レーションの方は現用ロシアレーションを思わせる豪華版(当社比)で、イラストの「夏用」には濃縮ジュースまでついてくる。(ロシア軍レーションの実食リポートは「お気に入り」欄にあるアナクロニズム84の「スペシャル」を参照していただきたい。管理者T氏による本格的な完食リポートである)

むしろ興味深いのは標準糧食の方で、コンデンスミルク、ひき肉缶、レバーペースト、肉の蒸し煮(またはサーロ)、市販品のガレット(クラッカー)、乾燥マカロニスープ、紅茶、コーヒー、塩、携帯燃料、15gのミニチョコレート3個・・・といった内容なのだが、イラストの砂糖をよく見ると・・・。
長距離列車でサービスされる角砂糖が描かれている。ソ連時代には国際線の飛行機の中でもツポレフ134だかイリューシン62だかの絵入り角砂糖が配られたりしたのだが、まさにそれ、なのである(ロシアになってからは大抵グラニュー糖になってしまった)。

ソ連の伝統的な角砂糖といえば立方体でなく長方形で非常に硬いのだが、根気よくかき回せば必ず溶ける・・・という不思議な代物であった。



帝政時代の砂糖はこれまた怖ろしく硬いものが主流で(まあ製糖技術が進歩したのはどの国でもそう古い時代のことではないが)こんな砂糖割り器が繁用されていた(一部ソ連製あり)。
古い映画などでは「ナイフの背で角砂糖を叩き割り、口に放り込んでから紅茶を飲む・・・」ようなシーンを時々見かける。  

Posted by Yakov at 19:06Comments(4)

2008年12月26日

将軍ネタ。

 今回も知人からの預かり物から簡単に。



軍医大将の夏期パレード・外出服。ラズベリー色の兵科色は長いこと(1940年から)工兵や技術兵科、43年からは(それに加えて)主計将官の兵科色であったのだが1969年改定から1982(頃)に限り医療科将官も使用するようになった。それ以前は兵科色は赤、制帽バンドは濃緑、おまけに肩章は銀色・・・という特殊なパターンだったのだが。ちなみに80年代も半ばには一般兵科にエンブレムが加わるだけ・・・というように単純化されてしまった。



海軍(連邦)元帥の夏用パレード外出服だが、襟の刺繍は規定上(白服には)つかないはずである。この頃の海軍(連邦)元帥はゴルシコフだけなので、彼が特別に注文したのなら誰も文句をつけない気もするが。まあ試作品とかいうこともありうるので・・・。



同じく帽章のアップ。こういう手の込んだ刺繍が出来る職人も今や数少ない。現ロシアの大佐~将官の刺繍部分にミシン刺繍を取り入れてしまったものも結構目にする。これも時代という奴だろうか。  
タグ :将官制服

Posted by Yakov at 18:14Comments(0)

2008年12月25日

野戦食器(7)

 今回はいよいよもって軍用でもなんでもない食器なのだが、こういう時には「野戦食器」と銘打っておいてよかった・・・としみじみ思う。野外で使えば皆野戦(<乱暴)。





スターリン時代に生産された食器の一例。パヴロフ市のキーロフ工場製で郡国民経済評議会・トラスト”ロスインストゥルメント”の飾り箱に入った贈答セットである。おそらくВДНХ:国民経済達成博覧会とかで販売されていたものだろう。
「スターリンゴシック」と揶揄された先祖帰り的な装飾過多とソ連モチーフの結合した不思議なデザインセンスである。・・・まあそうはいっても、筆者などあまりにも大量に見すぎて今では全く違和感を感じないのだが(笑)。
ナイフにはモスクワの風景を描いたエッチングが施された高級品なのだが、一本だけレニングラード意匠のナイフが混じっていた。・・・不良品?





この手のデザインはこの工場以外にも生産されており、様々な意匠が見られる。
画像はこのセットとは別に購入したナイフとフォーク(時々出回るのだ)のグリップ部分のアップだが、キーロフ工場製に限ってもバリエーションが多いのがわかると思う。これらは主に1950年代頭のものだ。  

Posted by Yakov at 17:30Comments(0)

2008年12月24日

野戦食器(6)

 当ブログでは露歴を採用しているので(笑)聖誕祭は1月7日。そんなわけで特別企画もなく、本日も地味なネタで粛々と更新するのである。





Voentorgで購入した0.6容量の琺瑯皿と民間防衛隊の官給アルミ皿。正直民需用と全くの同一品である。兵下士官装備の最低限は飯盒とスプーン、マグカップ・・・ということになるが、この程度の小皿を自費(ただ同然の価格設定だ)で購入、「ひそやかな文化生活」をすることはもちろん可能である。食堂テントで食事を楽しめる将校はいちいち自腹を切る必要もないわけだが。



これだけではあんまりなのでリエナクトネタ。モスクワの大戦マニアがリエナクト用に作った小物袋セットである。パン袋、塩、砂糖(長方形の角砂糖が多い)、銃のクリーニングキット入れ、等々である。・・・相当以前に手に入れたのでどれが何の袋かあやふやになってしまったが(笑)。こんな感じで7種類が組になって支給されたらしい。
旧ブログでも紹介したが、後方からの慰問品としてタバコ容れ(袋)に刺繍をしたものが人気であった。これは支給品には含まれていなかったように思う。  
タグ :小物食器

Posted by Yakov at 17:55Comments(0)

2008年12月23日

お犬様。

 祝日とか関係なく更新し続ける当ブログであるが、本日飼い猫が2日ぶりに帰ってきたので(喧嘩に負けてボロボロであった)ちょっと動物ネタでもやろうかと思いついた。
もっともネタはただひとつ・・・。なんとなくやり逃げみたいな感じであるが。



軍用犬の引き綱である。単にカーキのキャンバス紐で出来ているだけではないか・・・と思うのだが旧ブログの「試作品」ネタ同様、某博物館の不用品放出(複数の納品先から来たものがダブる場合があるので時々倉庫を整理するのだ)で流れてきたものなのだ(<本当は自ら出向いた)。





首輪との連結金具はこのように一瞬でリリース可能。・・・国境警備隊の猛犬とかに追われる立場にはなりたくない。
この他、似たようなものでは自在回転金具のついた細皮ひもの引き綱もあったはずだが例によってどこかに入り込んでしまった。
そういえば、ソ連の軍用犬にはつきものの「犬勲章のついた涎掛け」も手に入れたことがあるのだがかなり以前に手放してしまった。いや、何しろ犬は飼っていないもので・・・(<言い訳である)。  

Posted by Yakov at 17:23Comments(0)

2008年12月22日

検事局補足

 実は知人のコレクションをまとまった数預かることになり、しばらくバタバタしそうである。
ここは基本的に自分のコレクションを紹介するブログなのだが、旧ブログで紹介できなかった物が手元にあるついでにちょっと補足的に画像を載せてみたい。





内容的には補足することもないのだが、ロシア検事局の国家法務一級参事官(大将待遇)の冬服である。
佐官(上級参事官)以下に制定された帽章と違い、軍隊式の帽章がつく、というところが特徴である。
服自体も元検事の家族から出たものらしいのだが略綬の方は軍の物が多く、検事局生え抜きではない軍法務官上がりなのかもしれない。

こんな感じで、これからときどき制服ネタの紹介を行なうと思う。  

Posted by Yakov at 17:51Comments(0)

2008年12月21日

野戦食器(5)

 今回は戦後70~80年代に使用されていた軍用食器の話でも。
戦争中はいざ知らず、戦後のソ連軍は野戦給食設備もそれなりに完備されていた。野戦レーションを食べなければならない状況の時はさておき、演習・警備行動時には立派な野戦食堂が持ち出されることになっていたのだ(ソ連軍への従軍経験はないので実際のところは知らない)。





1983年版の国防省発行・食餌供給の手引きを持っているのだが、野戦給食所でも(基地内のカフェテリア式・・・とまでは行かないものの)とりあえず前菜(またはサラダ)、スープ、メイン+デザート(名ばかりだが)に紅茶という、立派に「食事」と呼べる内容であったようだ。
この資料には食堂テントの基本レイアウトなども載っており、読み込むと結構面白そうだ(支給ノルマ・成分表とかあまりに退屈なページも多いが)。補足:ただし将校用テントであるが。





皿の方は昔ドイツ在住の某バイヤーさんが大量に持ち込んだ軍食堂の物。東独駐留軍の基地から出たものだが、殺菌消毒がやりやすく割れない金属食器は野戦食堂の備品としても重宝したであろう。現在のロシア軍ではプラスチック製にどんどん入れ替わっているようだが。
ナイフ・フォーク・スプーン4点セットは正直民間製品と差はないようだ。以前書いた某学生寮の食堂備品も全く同型のアルミ製(ナイフの刃を除く)であった。(大学の)皿はさすがに陶器だったが。
以前映画のロケで逗留したロシア軍基地の食堂(将校・来客用)ではカフェテリアのお盆がベークライト製だったこともあってちょっと懐かしく思ったものだ。  
タグ :食器小物

Posted by Yakov at 17:45Comments(0)

2008年12月20日

野戦食器(4)

 別に読者の皆様の意表を突くことが目的ではないのだが、例によって「野戦」とも「食器」とも言い難いキワモノの紹介から入るのである。



帝政期~30年代くらいまでロシアの薬缶の定番はこのタイプであった。70年代の映画「砂漠の白い太陽」の冒頭、砂に埋められ渇きに苦しんでいた中央アジア人を主人公が助けるシーンがあった。砂から掘り出す時間も惜しみ、とりあえずこんな薬缶(注ぎ口には手製のキャップがついている)から直接水を飲ませる・・・という場面なのだが、薬缶を水筒のように持ち歩く・・・というのは中央アジアでは当たり前の風景なのかもしれない(<多分偏見)。



右の銅製薬缶は10年前、ウランバートルのボロ市で購入したもの。帝政期のメダルが刻印された(「モンドセレクション」マーク入りのビスケットみたいだが)有名工場の製品だと思うが刻印は擦れてよく読めない。磨り減るほど薬缶を使う、という状況がよく判らないが(笑)。
左のステンレス薬缶は普段使っているごく普通の製品(80年代)なのだが、先日博物館でこれとほぼ同型のものが戦争中も生産されていた、と知って驚いた。





銀色の方は50年代の生産品と思うが、デザイン自体は30年代くらいの記録写真で時々見かけるタイプ。琺瑯の方も多分4~50年代の生産品であろう。
こういう民生調度品を集め出すと生活空間が段々異次元化してしまうのはいかんともしがたい。まあもう手遅れなのだが。  

Posted by Yakov at 17:34Comments(0)

2008年12月19日

バスタイム。

 食器ネタに入れるのはさすがにまずい・・・と思ってこの表題にしたが、また琺瑯製品ネタである。先日知人が元砲兵将校の手記(大戦時)を紹介してくれていたのだが、もちろんソ連軍でもドラム缶風呂やら簡易蒸し風呂やらを可能な限り使っていたわけで、これらはむしろ室内洗面用具、というべきだろうが。





例によって毒々しい緑色である。この色のせいで(食虫植物の)ウツボカズラみたいに見えるが何のこともない水差しと洗面器である。はるばるロシアから高い送料をかけて郵送するのは実に馬鹿馬鹿しかったが、まあマニアだから仕方がない(笑)。だが、(兵隊がバーニャに持ち込む)でかいブリキ盥を買ってこない程度の理性は持ち合わせているのだ。
工場刻印は左側のリィシエヴァ金属工場を別にして不明のものが多いのだが、こういうモノグラムは当時のデザインセンスがうかがえて実に面白い。





・・・ブリキ盥は買わなくてもこういうものはつい買ってきてしまう(琺瑯マニア、という自覚はないのだが)。
もっともバケツにはとても大事な利用法があるのだ。10年前に住んでいた学生寮(モスクワ五輪の頃の速成建築)が真冬にはいくら目張りをしても暖房が余り利かず、机に座っていると足元が寒くて仕方がなかった。それで水を張ったバケツに簡易湯沸かし器(コイル状に曲がったヒーターである)を投げ込んで室内暖房+加湿器とした・・・という昔話である。さすがに(日本の)自宅ではそんな目的に使いはしないが。
・・・今ではあの学生寮も少しはましになっているのだと思いたい。

それにしてもこの工場マークはそのまんま過ぎはしないか。塗料飛び散ってるし。  

Posted by Yakov at 17:54Comments(0)

2008年12月18日

野戦食器(3)

 何だか物凄くろくでもないネタを続けている気もするが、それを言い出すとこのブログは全部ろくでもない・・・ということになってしまうのでかまわず続行。さすがにマグカップネタは今回で終わりにするが(笑)。



左の白い琺瑯カップはペルミ州・ルィシヴァ市琺瑯工場で現在も作られているもの。戦前から変わらぬ工場マークは琺瑯マニアにはお馴染み・・・といってもよい。現代のロシア兵の多くも(PXで購入して)普通に使っている。
ロシア軍レーションについてくる簡易固形燃料コンロもこのサイズ(400cc)にあわせてあるようだ。
右の手製ブリキカップは・・・機械油とかを受けるカップにしか見えないが、ロシア人を甘く見てはいけない(<謎)。





上も下も何の変哲もないカップだが・・・実は下の方のカップは民間防衛施設から出た「官給品」なのだ。刻印も「星と鎚鎌」という特殊なものがついている。食事用のスープ皿とペアで何セットか購入したのだが、違う友人の家に預けておいたら「リエナクトに便利」という理由でキャンプに持ち出され、あっという間に散逸してしまった。
・・・リエナクトに顔を出し続けていると向こうもこちらも一種「原始共産制」のような気分になってしまうため、この程度でいちいち目くじら立ててはいられないのだ。ま、日本でこの調子でやってると友人を失くすと思うが。  
タグ :小物食器

Posted by Yakov at 17:58Comments(0)

2008年12月17日

野戦食器(2)

 なんといってもこのネタは地味な上に民需と軍用品がごっちゃになって(資料性も低いし)申し訳ないが、半ばリエナクト案内のような項目としてご理解いただくといいかもしれない。



これまた軍民兼用のような琺瑯カップだが、容量や形態が実に様々である。製造年が未記載のものが多いが、50年代までは確実に生産されていたと思われる。しかしまあなんというか毒々しい緑色のエナメル(ロシア語では琺瑯もエナメル塗装も七宝も同じ言葉なのだが)である。絵の具で言えばまさにビリジアンそのもの・・・。



左の空き缶利用のカップは前線食器の定番である。軍用缶切りもないことはないのだが、通常兵隊は(ポケットナイフで)乱暴に缶を開ける場合が多いので飲み口の端末処理には気を使わないといけない。
この例では帽章を半田付けしてあるが、さすがにこれは復員土産の小細工なのだと思う。
右側は現代のアルミカップに友人が(勝手に)細工したもの。友人連中はよくこういうことをするのだが、戦前の年号とか入れられるのは正直嬉しくない。一度帰りの飛行機に乗る際、税関で「こりゃ戦前のものか?制限品目だぞ」といわれたことがあるのだ。2週間前に文字彫られただけなのに・・・。尤もしばらく使うと真っ黒に酸化してしまうロシア製カップ(水道水が硬水なせいだろうか?)にも問題があると思う。  
タグ :小物食器

Posted by Yakov at 17:09Comments(2)

2008年12月16日

野戦食器(1)

 某所でソ連軍生活再現・・・と(局所的に)盛り上がっているのでその辺のネタをしばらくやってみたい。といっても飯盒とかは旧ブログで散々やったので(少しくらいは再録するかもしれないが)本当の小物が中心になると思う。ソ連時代の物なので、民需も軍用もごっちゃに使用されており表題をどうするか困ったのだが・・・。



戦後もしばらく経つと違うのだろうが、戦前・戦中に徴兵された兵士は自前のマグカップとスプーンをもって徴兵局に集まるのが普通であった。そんなわけでほとんどありとあらゆる種類のカップが見られるわけで、戦跡を発掘する遺骨収集グループの記録写真にはアルミや錫製、さらには絵入りの琺瑯カップなどもよく写っている。ここにあげた多くは戦後の民間用だが上段右、下段左は戦前の製造刻印が入っている。ご覧の通りサイズもバラバラで、普通に見られる250だの400ccだのばかりではないのだ。中には外国製水筒のカップを改造したようなものすら見られる。通称ナルコムの100g(特配ウォトカ100cc)が入るだけの容量がないとどうにもならないが(笑)。





こういう錫製・鋳造カップも味があってよい(文字通りおかしな味がしそうだが)。OGPU収容所監督局・白海バルト運河食堂備品と刻印されているのは出来過ぎな気がするが(実際、刻印の技術を持っていてこういう小細工をやりそうな知り合いは山ほどいるのだ)少なくても本体を見る限り、戦後の生産品ではなさそうだ。  
タグ :小物食器

Posted by Yakov at 17:07Comments(0)

2008年12月15日

航空バッグ

 ・・・ミリタリーネタと勘違いした皆様、申し訳ない。次回あたりからしばらく細々したネタが続く予定なので、ちょっとしたつなぎというわけである。





某所で手に入れたモスクワー東京便のアエロフロートバッグ。60~70年代にはこの手の航空手荷物バッグが流行ったものだが、最近とんと見かけなくなってきた。まあエコノミーばかり使っているので、(仮に今も作られているとしても)今後手に入れるチャンスは低そうだ。
6~70年代のモスクワー東京便といえば二重反転ターボプロップのツポレフ機を連想するが(いや、記録映画で見ただけだが)80年代のイリューシン62はおろかエアバスもボーイングに入れ替わった今となってはソ連製機材が懐かしくて仕方がない。・・・まあさすがに80年代に国内便で使ったツポレフ154やらヤクやらにいま乗れ、といわれると、ちょっと怖ろしい気がするのだが(笑)。
・・・バッグ本体の解説が貧弱で申し訳ないが、同時代のルフトハンザ(それは化繊だが)や日航のものと比べても遜色のないものである。  

Posted by Yakov at 17:15Comments(0)

2008年12月14日

鉄道ネタ(1)

 5月に購入した荷物がようやく昨日「発送」されたようだ。到着は早くて2月末と確定した・・・というわけで何を購入したのかもう忘れつつある有様であるが、同じ5月に古切符を購入していたことを思い出した。実は郵送した書籍に挟んであったのを見つけたわけで、ほとんどボケ老人のような筆者である。よし子さん、今日のご飯はまだかいのう・・・。





ごたくを並べるのはこれくらいにしてその古切符。モスクワ近郊路線とハリコフの切符である。残念ながら年代はよく判らないが戦前のもののような気がする(読者某氏の突っ込み待ち)。パンチによる改札の日付(月はローマ数字)があるのだが年までは(サイズ的に)わからないのだ。ま、切符の価格設定から調べるのが本筋だろう。ちなみにハリコフの切符、価格がウクライナ語訳でカルボーヴァネッツと表記されているのが面白い。
これらのうちの一枚に「第2ゾーンから第4ゾーン」、もう一枚には「モスクワー第6ゾーン間」とあるのがわかるが、現在でもこのシステムは健在で近郊路線の駅には区間分けの表が掲示されている。窓口で買うなら問題がないが、自動販売機ではお釣りが出ない場合があるので(事前に値段を確認するのが)結構面倒くさい。





時代はいきなりずれるが60年代及び70年代のソ連鉄道路線図。大都市間の幹線から都市近郊線まで網羅されていて実に面白い。発行部数50万とか30万とか膨大な数が発行されたのではあるが、当時外国人が手に入れるのはおそろしく大変だったはずだ。まあ、いい時代になったものである。  

Posted by Yakov at 19:02Comments(4)

2008年12月13日

乗馬?ズボン

 本日来客につき簡易更新。
軍用ズボンについても旧ブログで何回も連載したのだが、この4月に届いたまま放置していたズボンなど。





1961年製の兵用外出・パレードズボン。1958年式(69年廃止)は陸軍が濃紺のズボンを使用した最後の世代である。名称こそ乗馬型であるが腿のふくらみはご覧の通りほとんど見られない。将校用ライン入りも似たり寄ったりで(旧ブログで紹介済み)、リエナクトで大戦の代用にするにはちょっとエクスキューズがいる裁断となっている。40年代からこちら、特に50年代の乗馬ズボンは「赤毛のアンのふくらんだ袖」のように巨大化の一歩を辿ったものだが、なんというか多少近代化・合理化されたような印象がある。
まあこれも実は日本語訳の綾、という奴で、乗馬ズボンといっても英語のブリーチに当たるもの、ゴルフズボンから来た言葉である「ガリフェ」などに対してこの時代には「シャロヴァール」という用語で使い分けられているのだが。前2者に対し、シャロヴァールは(ふくらみが少なく)単にゆったりしたズボンのようなニュアンスがある。
こういうとき、訳語を確立させるのは大切だ(いや、難しいのだが)・・・としみじみ思う。ま、リエナクメントの際には全部「乗馬ズボン」で片付けてしまった方がお互い楽なのかもしれないが。

・・・モスクワの友人が時々(月2~3回)服飾研究所の女子職員に「ソ連軍服概論」の講義を行なっているのだが、こうした用語用語をきっちりと(現物を見せながら)説明している姿を見るにつけ、好事家の域を超えるのは並大抵のことではないと思わされる。いや、まあ私自身は別に好事家でもいいや、と思ってはいるのだが。  
タグ :被服軍用

Posted by Yakov at 18:44Comments(0)

2008年12月12日

空き缶蒐集(1)

 何でもかんでも溜め込むため「カラスのよう」と形容されがちなコレクターも多い。筆者もその例に漏れないのだがこの数年間の空き缶相場(<いや、何でもよいというわけではない)は値上りの一途を辿っていて昔ほど買い込めなくなってきた。旧ブログでの表題「パッケージは底なし」で紹介したような空き缶も大事にしなければならないのだが・・・。



筆者が戦前のソ連・ロシアコインを溜め込んでいる空き缶だが、戦前のパイプ用タバコ・”レイド(停泊地)”のものである。戦前のタバコ銘柄には海をモチーフにしたものが多く、戦前の商品広告ポスター集を見ていると結構面白いものだ。かなりの高級銘柄で、レニングラードのタバコトレスト製である。





クラスノダール産の紅茶「エクストラ」の空き缶。管理番号からして46年の製造規格ということになるが、蓋の意匠をみると革命50年(1967)、あるいはソ連邦成立50年(1972)の生産品と思われる。価格が結構面白く、紅茶96カペイカ容器15カペイカと記載されている。店頭で「容器は要らないわ」とばかりに中身を別の入れ物に移したら怒られると思うのだが(笑)。  

Posted by Yakov at 19:49Comments(0)