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Yakov

2011年01月31日

地雷ネタ

 ・・・といっても危ないネタ、という訳ではない(当ブログにおいて、不謹慎なネタはもう日常茶飯事だ)。
イズマイロヴォ市場の一角に軍の訓練用地雷や爆薬、ロケット弾等の模型を売っている業者がいるのだが、さすがに今のご時世、訓練模型といえども郵送なんぞするわけにはいかない(手持ちは論外)。そんなわけでキャンバス製のカバーなど買いあさるのが精一杯なわけだが、とりあえず危険物には間違われない(笑)ものを、今回つい魔が差して買ってしまった。



かさばって仕方がないが違法性はまったくない(笑)地雷マーカーセットである。直接探査用のバーと発見後に突き刺すマーカー小旗8本が一セットとなる。写真には6本しか写っていないが・・・。



洒落で庭先に差してみた。春には「金属に赤塗装した」タイプの小旗を売っていたのだが今回購入したのは後期型のプラ小旗、日光で劣化するのでいつまでも差しておくわけには行かないだろう・・・(<問題はそこではない)。



3分割・組み立て式の探査棒。組み立ててもたいした長さではなく、爆発すれば被害からは免れない。ああ、工兵にだけはなりたくない(他の兵科でも似たようなものだけど)・・・。
ちなみに探査針はこのように先端からまっすぐ突き出す場合と・・・。



このように斜めに開いた開口部から突き出しても使用できる。こうすると程よく地雷の「真上」から探ることが出来るのである。
下に並んでいるのは単1電池使用の夜間マーカー。左の後期型は止め棒を通して旗の連結器に差し、右の大戦型はクリップで旗本体に留める形式である。

・・・10年ほど前なら地雷探知機の購入も容易だったが現在ではちょっと難しい。まあ探査棒のほうが「壊れなくて」よいのも事実だが。  

Posted by Yakov at 18:07Comments(14)

2011年01月30日

海軍将官(2)

 (1)をやったのはいつの話だ・・・という感じだが、昨日のコスプレついでに海軍医療将官の制服でも。
もともと69~80年代前半の後方支援部隊(法務官だった)のキーチェリを入手したことから組み上げ始めたわけだが、該当兵科ズボンの入手が困難を極めたために一部方針を転換した。





80年代後半、ラズベリーの兵科色が廃止された直後の医療科少将で組み上げてみた。これと同時に「海軍後方支援兵科」の銀ボタン、銀刺繍オーナメントなども廃止されたわけだが無理繰り「移行期」の鵺タイプでごり押ししてみた。もっとも、元の服にも43年銀ボタンがついていた位で(70年代のものなのに・・・)微妙な規定無視は(このくらいの階級だと)つきもののようだ。
労働英雄、ロシア社会主義連邦共和国(РСФСР)功労医師など異様に力の入った設定だが、過疎地では軍の医療部隊が地域住民の健康管理に協力した例も多いのでまあぎりぎりセーフということで。



大卒バッジは旧型の海軍軍医療アカデミー(後にキーロフ軍医アカデミーに統合)を選択。



70年代のラズベリー側線ズボンなどどうしようもないので50年代の赤側線ズボンを使用。スタイルがどう見ても「大戦経験者」である。



上が元々ついていた69~80年代前半の海軍法務官肩章。古臭いボタンのついた服に50年代のズボンを合わせたのだから、いっそ下の43年式軍政官肩章をつけてもよかったかもしれない(笑)。



筆者的には見慣れてしまっているのだが銀刺繍・銀の付属品がついた「海軍後方支援兵科」将官の共通規格制帽。トップの具合からして製造は60年代後半位だろうか。  

Posted by Yakov at 17:23Comments(0)

2011年01月29日

ちょっと一風呂。

 本日は高齢いや恒例の食事会のため、ちょっと早めに更新しておく。
この前ドイツ駐留ソ連軍施設について少し触れたが、居住施設内のシャワールームでなく別棟の(野戦ではにわか作りが普通な)蒸し風呂、バーニャ用の小物・・・の一発ネタ。





「小物」にしては無茶苦茶かさばるのだが、某施設で不用品の山から掘り出した軍用15リットルたらいと垢すり。垢すりも市販品ではなくサンプル納入用に軍用品工場が持ち込んだもの(タグつき)だ。何でこんなものを・・・と先方は呆れ顔だったが、何の、こっちはもう何年も純正品を探していたのだ。
現代の軍写真集にもよく全裸で風呂の行列に並ぶ兵士が写っているが(局部をたらいで隠すのがお約束)、さすがにそんな風に(リエナクトで)活用するわけではない(<即逮捕だ)。垢すりの方は幸い二つあるので(自宅で)活用しようと思う。



バーニャでは白樺とか香りのよい木の枝とかの束で体を叩き、垢を叩き落す+リフレッシュするわけだが、さすがにそんなものを買ってくるわけにも行かない(植物検疫で引っかかりそうだ)。
床掃除用にロシアの箒を買ってきたのでここで紹介しておく。別に風呂場専用のものではないのだが、ここで紹介しておかないといつ取り上げればいいのか分からないのだ(笑)。  

Posted by Yakov at 16:31Comments(0)

2011年01月28日

軍事顧問

 今回はまさに「知られざる」制服を紹介してみたい。これまでも海外派遣制服は何度も紹介してきたがそのほとんどすべてが熱帯服で、ジャンルとしては駐在武官などの着る「オフィシャル」なものと身分を伏せるための「偽装野戦服」の両極端であった。今回紹介するのは某所で入手した将校用の常勤服で、ソ連軍のものでありながら「誤認誘発」を目的にしたような服なのだ。





佐官用と尉官用が手に入ったのだが両者間には特に違いはない。尉官用に襟章が欠けているのは単に脱落しただけのようで、襟裏にカーキ色の糸が残っていた。
全体の裁断は袖口や背面などを見る限り70年代将校常勤服をプリーツつき4つポケにしたようなものだが、それでもシルエットはアラブ系軍服にあるような「英軍風」な香りが強まっている。



肩章も「南イエメン軍」のような(ジューコフ国防省時代の試作新制服にも似ている)奇妙なシルエットになっているのだが襟章もソ連軍風(いや、ソ連軍なのだが)、ボタンも規定のソ連軍野戦プラボタン(これらには70年、72年、74年製がついていた)と特に国籍を偽装しているわけではない。
もちろん報道写真とかに写れば「どこの国か分かりにくい」わけで中東諸国、あるいはキューバ将校に混じってしまえばあっさり見過ごされてしまうのかもしれない。

・・・この類の服を紹介する場合、いつもは「試作品だろうか?」「不明である」等と疑問符つきで書かざるを得ないのが普通だが、今回の服には裏に「特別顧問制服」と手書きの管理タグがついていたので間違いないと思う(「顧問服の試作品」という可能性はゼロではないけど)。出所はまあ聞かないでいただきたい、マジで。  

Posted by Yakov at 17:21Comments(5)

2011年01月27日

再び海軍歩兵。

 当ブログでは群を抜いて不人気・・・というか読者諸氏のリアクションが乏しい「正規軍」ネタである。
以前SSO社内でコレクションを見つけて驚いていた海軍歩兵の夏服(後期型)だが、いつもの映画コンサルタント事務所であっさり手に入ってしまった。





以前紹介したときもGOST規格小冊子の画像を載せたときにも書いたのだが、裁断自体は戦略ロケット軍のブルゾンを半袖にしたような80年代ソ連標準開襟シャツスタイルである。生地自体は結構厚手で日本の夏には少々蒸し暑いと思うが、どうせ実用する奴もいな・・・いや、2~3人思い浮かぶ。
ズボンの方も後期型戦略ロケット軍作業服同様、プリーツをミシンで叩き込んだ便利裁断のストレートパンツなのだ。短靴使用がデフォルトのようで、ブーツ着用用のループなどはついていない。



このサイズではボタンがよく見えないと思うが、ちゃんと錨マーク入りの海軍プラボタンがついている。他の服についているのを見たことがない専用ボタンなのでもし紛失したら恐ろしいことになる。
・・・なぜ紛失を恐れるかというとサイズが46しかないのだ。ちょっとでも太ったらボタンが吹き飛ぶこと必至、ううう。まあ着用せずにしまっておけ、という話になるかもしれないが。

実はこの服の着用規定をまだ発見できていないのだが、黒ベレーではなく、つばつきの陸軍用迷彩野戦キャップ(海軍歩兵も陸式帽章)をあわせるのが妥当かと思う。同迷彩のパナマ(存在はするらしい)・・・という可能性もなくはないが、これだと旧規定でいう「沿岸防衛部隊」の服になってしまいそうだ。  

Posted by Yakov at 17:45Comments(0)

2011年01月26日

交通(29)航空警備

 筆者はモスクワではアエロフロート以外の航空会社を利用しないためドモジェドボ空港は足を踏み入れたこともないのだが、最近改築・利用路線増されてからというもの、近代的な施設+「並ばずにスムーズな搭乗が可能」とよい評判しか聞いたことがなかった。そこを「チェックの甘さ」として狂信者の屑どもに悪用されてしまったわけなのだろうが、警備強化と利便性の問題は(空港利用者としては)非常なジレンマである。
今回(こんな嫌なタイミングで紹介することになるとは思わなかったが)、ドモジェドボ空港の運用、空港ホテル等を運営している「イーストライン」の小物を紹介する。



帽章に英語で"EAST LINE, SECURITY"と表記してあるがドモジェドボの空港警備員の制帽である。なにぶん一度も足を踏み入れたことがないので制服の情報はなく、おいおい探してみようか・・・とこの秋の滞在中は記章類を探すことに専念していた。



制服用のビニールパッチ。航空専門のコレクターと顔見知りなので、交換会で探している航空会社名をいうだけで大抵のものが手に入るのである。
下のバッジは通し番号入りの純銀製記念バッジだそうで、「普通の職員バッジ」を探していたのになぜ「現役職員もほとんどもらっていない」バッジを買うことになったのか自分でもよくわからない。



帽章のバリエーションだけでこんなにあるようだ。左下が一般の警備担当、それ以外の二つは航空安全員(機内の安全チェック、機内預かり危険物の引渡し・安全確認もおこなう)のものだがなぜ配色が違うのかは不明である。

・・・今回の事件で犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします・・・。  

Posted by Yakov at 17:46Comments(0)

2011年01月25日

業務連絡

 本日荷物が220kg到着。整理中につき本日の更新は休止ということで。
・・・当初ソ連のアニメネタを準備していたが、ドモジェドボのテロ直後でもあるので今回は見送りたい。

南部の分離主義者どもとその支援者が地獄の業火に永遠に焼かれ続ける事を祈りつつ。  
タグ :業務連絡

Posted by Yakov at 17:24Comments(0)

2011年01月24日

商業系(18)文科系

 秋に買った荷物が無事税関を通過、もうすぐまた荷物整理の日々が始まってしまう。
でもまあ本日は地道にバッジネタでやり過ごすのである。



右のバッジはソ連の「プログレス」出版社直営書店のもの。版元がソ連時代外国語書籍を多く発行していたところなのでモスクワ中心街の便のいいところ(観光ルートともいう)で営業していたはずである。
残り4つはすべて「ソ連邦出版・印刷局」の職員バッジと60周年記念バッジ。80年代、神田神保町でソ連書籍・輸入品店の巡回をしていた身には懐かしさ全開の名前である。



上の二つはソ連の外貨・チェック専門の特殊販売店・ベリョースカの店員バッジ。貴重な外国製品やソ連製高級消費財を外国人や「出張用特別金券」を持つソ連人にのみ販売していた店のものだが、街の書店ではすぐ絶版になってしまう希少本・レコードやカセットテープが棚にずらっと並ぶ「セレブ文化ショップ」的な面も併せ持っていた。そんなわけで、今回この項で紹介してみたのだ。
最下段はロストフ・ナ・ダヌー市の委託販売店グループのもの。ソ連時代のものであまり具体的なイメージが浮かんでこないが、何軒かが連なったアーケード街かショッピングセンター的なものかと思う。  

Posted by Yakov at 17:14Comments(2)

2011年01月23日

ベルリン駐留軍。

 今回は軍発行の小冊子の紹介を。基本的に大量に流通している規定書の類はネットを巡回していればコピーやら現物の売買情報が発見できることが多そうだが、今回のものは比較的貴重なものだと思う。到底全部は紹介できないので概略紹介となってしまうが。



ベルリン駐留ソ連軍の兵・下士官の生活施設(中隊規模)の基本条件・推奨事項をまとめた手引書。86年発行で例によって紙質も印刷もたいしたことはないが、180ページ以上の結構な分量で読みでがある。







文書冒頭は各担当者・責任者の所轄任務や査察内容が詳細に書かれているが、マニア的には兵用寝台や寝室一般、洗面所、兵下士官休憩室などの必要備品、推奨される設備例などが図解されているのが面白い。特に休憩室の内装で観賞魚の水槽や「大自然」柄の壁紙、植木や観葉植物(造花)などが描かれていたり、テレビが「バーバ・ヤガーの住居」のように飾られているのがちょっと笑える。担当者の美的センスが結構試されそうな手引書である。
さすがにだらだらと画像を並べたりはしないが、中隊の衣服乾燥室、備品倉庫、ロッカールーム、備品修理室の図解、さらには服装規定とページは続いていく。



各被服のサイズ表、装備品の着用方が詳細に記され・・・。





野外に設置する移動式サウナ、テント、半地下型ゼムリャンカの設営法、訓練用の運動施設とその運用、評価基準、さらには補足で食養条件・メニュー例まで盛り込まれた総合資料として非常に役に立ちそうだ。・・・この辺はあまり突っ込まないように。  

Posted by Yakov at 17:47Comments(7)

2011年01月22日

商業系(17)レストラン備品

 本日来客につき以下略。今回もレストランネタだが、いつもの食器コレクションではなく、紙ものを取り上げてみたい。



一発ネタで恐縮だが、1965年のレストランメニューを入手したのだ。表紙にпрейскрант(独語由来・preiskrant):価格表の表記とモスクワレストラントレストの記載があるトレスト共通のカバーがついており・・・。



その内側にレストラン個別のメニュー用紙が差し替えで入っている。これはカフェ・「モスクワの灯火」のものだ。



内側にはタイプライターでその日のメニューが打ち込まれているわけだが、その日の朝(前日?ここでは65年1月23日)書き込まれたメニューが適宜ペンで修正されて客の手元に届いているのが分かる。
個人的に当時の物価がよくわかる資料は貴重なので実にありがたい。前菜やスープ、メインディッシュの価格、ワインの価格やデザート菓子(市販品とレストラン製の両者)紅茶やコーヒーがレモン・ミルクの有無で微妙に価格が異なっている点と見ていて飽きない。ちなみにレモンなしの砂糖入り紅茶は4カペイキだった。



だからどうした、といわれるかもしれないが、バッジマニア的にはこういうシンボルマークの記載部分は見逃せない。「モスクワ市執行委員会・通常食供給管理本局・モスレストラントレスト」のシンボルマークがそのまま図案化されたバッジが後日手に入ったら、と思うとワクワクするではないか!(<変態)  

Posted by Yakov at 22:27Comments(4)

2011年01月21日

紙もの・身上書

 本日残りの書籍25kgが到着(この程度だと整理も楽である)。今回届いた中から、しばらくは主に紙ものを取り上げてみたい。今回は国防省が本部に保管する身上書のブランク(未記入のもの)。以前、旧ブログで記入済みの70年代空軍将校身上書、KGB用個人調書ブランク、内務省調書ブランクなどを紹介したのであまり目新しいネタではないが。





80年代のソ連国防省身上書。ファイル自体は保存書類の名称と個数をメモするだけの簡単なものだが、筆者が入手したものには90年書式のアンケート本体と2000年書式の部隊用略式記録カードがついていた。
ちなみに表紙裏には個人ポートレートや認識票控を入れる小型封筒型ポケットがついている。



アンケートの内容を逐一紹介しても仕方がないのでこの小さな画像一枚で片付けておくが、学歴や軍での教育記録、人事異動の記録、賞罰に混じって「外国における称号、受勲記録」「習得外国語」「政治組織への加入状況」「実戦経験とその経緯」「負傷の有無と経緯」「捕虜経験の有無及びいかなる経緯で捕虜から開放されたか」等々逐一記入欄が設けられており、マニア的に面白い資料であった。







国防「省」と記載されているので戦後46年以降のものなのは間違いないが、デザイン的に50年以前、40年代後半のものと思われる身上書ファイル。これにはアンケート本体は含まれていないのが残念だが、ファイル自体の構造を比べてみるだけでも入手した甲斐はあったと思う。
表紙裏の写真スペースは現物を張り込む形式になっており、裏表紙のポケットも表紙と同じ布張りの頑丈なものがついている。ちなみに50年代後半に認識票が導入されたわけだが、旧式ファイルに認識票を組み込む際は多くの場合、紐でファイルに綴じ込まれていたようだ。  

Posted by Yakov at 18:13Comments(0)

2011年01月20日

武装警備員(11)

 今回は現ロシアの警備員ネタ。私企業が増えてくるとどうにも収拾がつかないのだが、一部公共機関の警備部門も残っているのでさらに混乱に拍車が・・・。



デザイン的にソ連時代の炭鉱~鉱山採掘系省庁の帽章と思ったのだが、ディーラーによれば現代ロシアになってからのものだとか(官庁警備部門のものか私企業のものか不明)。赤星の意匠はやはり根強い人気があるようだ・・・ってロシア軍の航空識別マークからしていまだ(ソ連時代と同じ)赤星だったことを思い出した。
これでソ連型デザインの制帽でも使っていたら面白いのだが・・・。



これは純然たる民間警備会社のパッチで株式会社「警備サービス」と明記してある。ソ連解体後、航空会社と警備会社はロシア国内にいったい何社あるのか見当もつかない。ああ、ソ連時代が懐かしい・・・(<魂の叫び)。



両者ともに鉄道警備員のものと思われるが、特に上のものはモスクワ地下鉄警備員&エスカレーター監視員の新制帽についているのを見たことがある。制帽のクラウン(グレー)には交通省共通のウィングつき八芒星、黒いバンド部にこの帽章がつく(ちなみにボタンと顎紐は銀色)・・・というものだった。
その制帽、あと数年のうちには手に入るだろうか?まあ特に使うあてもないのだが(笑)。  

Posted by Yakov at 17:21Comments(2)

2011年01月19日

馬関係(4)

 久しぶりに装備品系も取り上げてみよう。



キャンバス製の折りたたみバケツはどこの国でも似たようなもので、日本の放出品店などでも英軍やフランス軍のものをよく見かける。まあ生地の色の方はお国柄で多少異なり、ソ連軍のものは(生成りのものもないわけではないが)ご覧の通りくすんだオリーブグリーンのものが標準的である。
このバケツは例によって「馬マニア」の友人にもらったものだが「未使用の戦後品と使用済みの戦中ロットのどっちがいい?」と聞かれたものでつい未使用のほうをもらってしまった。一般兵科の使用済みならどうということはないのだが、リエナクター集団の「使用済み」は「つい昨日馬の涎がついた」ようなものばかりなので心情的に仕方ない。





なんだか砲兵の照準器ケースのようにも見えるが騎兵用の装備入れと聞いたのでとりあえず紹介する。騎兵装備の資料は線画イラストばかりなので同定が結構難しいのだ。





かなり以前のリエナクメント記事で紹介したと思うが、友人が30年代のマニュアルを元に縫製したレプリカの騎兵綿入れ。縫製のほうはそこそこしっかりしているのだが、アバウトな性格の発注者が前留め用ホックの位置を適当に指示したので(笑)購入後、自分でホック位置を調整・付け直ししなければならないのが面倒くさい。
戦前の規格なので階級章は襟に付けるのだが、昨年のキエフ解放イベントでは戦前仕様に肩章を付け足して着用していた。「移行期」設定だと手間が省けて実に助かる。  

Posted by Yakov at 17:23Comments(2)

2011年01月18日

続・近隣国(27)

 いくらでも続く近隣国ネタ、今回もイスラム圏の親ソ国を中心に紹介したい。



正体不明の肩章2種。配色的に左が警察、右が軍の物だと思う。左側の金属シールドが反射光で見えなくなってしまっているがどの道筆者にアラビア文字は読めはしない(笑)。また現物が届いたら鮮明な写真を載せようと思う。まあ正体不明といいながらもなんとなく南イエメンとかのものではないかと睨んでいるのだが(だとしたら軍佐官用の星の一つは国章と取り替えられているのかもしれない)。ただあまりにフランス式な肩章ベースといい変なビリジアン色の軍制服といい、北アフリカの旧フランス勢力圏の国っぽい匂いも否めない。



以前にも紹介したアフガン政府軍の制帽用大型帽章。下のアミン時代は真鍮製だが、上のソ連介入後タイプはアルミ製のソ連製だ。アフガン現地メイドも時々見かけるがクウォリティーはソ連製に遠く及ばない。ちなみにこれらの帽章が活用できる見通しはまったくない(笑)。



アフガニスタンのバッジ2種。上はおそらく党関係の記念章、下は農地改革とか荒地開発とかのバッジと思われる・・・が資料はいまだ発見できず。  

Posted by Yakov at 17:08Comments(3)

2011年01月17日

商業系(16)レストラン

 今回も地味にバッジネタ。グルメ垂涎の名店・・・にはソ連亡き後はまるで行ったことがないのが悲しい。



左上はモスクワのエアターミナル・レストランの職員バッジ。地下鉄アエラポルトとディナーモの中間にあるシティ・エアターミナルは結構飲食・買い物設備が整っていたので筆者も学生時代によくぶらぶらしていたものだ。
その下は旧アルバート通りの入り口(地下鉄駅側)にある高級レストラン「アルバート」の職員バッジ。前にも書いたが筆者は(経済的な理由で)ここの惣菜・菓子コーナーくらいしか利用したことがない(貧)。
右のレストラン「ロシア」は詳細不明。現在解体中のホテルロシア内にでもあったのだろうか?



左上のブダペスト、右下のミンスクはいずれもモスクワ市内のもの。同名のホテル内にあったものだと思うがまだ確認は出来ていない。右上のバッジは「зозлуха寺院」という名のレストランらしいが、保養地キスロヴォトスクの観光名所のものだろうか。
左下のソスルコ(神話の英雄)・レストランはカバルディノ・バルカノ共和国の名店らしい(たった今ググって知ったw)。



左のレストラン「ヴォルガ」についてはよく知らないが、意匠からするとモスクワのレチノイ・ヴァクザール(モスクワ川の旅客ターミナル)辺りにあったのかも知れない(未確認)。中央のバッジはおそらくポドルィスクの軽食堂トレストの30周年記念バッジだろう。その下のカフェ・「アイ」はカフカスのロシア最高峰・エリブルス山の麓にあった名店らしい(これもたった今ググった。あ、ロシアの検索エンジン使ったので「ヤンデった」とでもいうべきか?)。で、右端のバッジはレストラン「ソヴィエツキー」のものだ。



ソ連時代のバッジばかりが続いたが、上のバッジはおそらく新生ロシアになって設立された「ホテルマン・レストラン職員養成短大」のバッジ。ソ連時代は「サービス業に進むのは成績の悪い生徒だけ」といわれていたものだが、世の中はいろいろ変わってきたわけである。
その下は多分ソ連時代のものだが、職員バッジではなくホテル「カルーガ」を描いた「モスクワ名所シリーズ」のバッジだと思う。  

Posted by Yakov at 17:32Comments(0)

2011年01月16日

再び身だしなみ。

 リンク先の某所で再度紹介されたためか訪問数がちょっと増えているようだが、相変わらずのおバカ路線で邁進するのである。それにしても「ちょっと(いや、だいぶ)変わった方」などと紹介されてしまったのはどうしたものか・・・。そんなに褒められたら照れてしまうではないか(<褒めてねえよ)。





バリカン自体は以前に紹介したものと似たような民生品で、髪梳き用のプラ製アタッチメントがついている(破損してしまったが)。これ自体はたいしたものではないのだが、油紙のような包装紙がむしろ面白いのだ。
堅気の友人(当社比)が軍にコネのある知人から入手したもので、最上段にある5桁の数字(やばいので消した)は納入先の部隊コードなのだ。1961年製の製品を2006年に納入しているのも凄いが、備品保存期間が5年間であること、油差チェックの日付、サインなどが明記してあるのが実に興味深い(サインは消し忘れたが部隊名がばれなければ無問題だろう。同姓の人間多いしw)。
包装は紙包みにタコ糸を巻いてラベルで固定しただけの超簡易包装であった。  

Posted by Yakov at 17:09Comments(0)

2011年01月15日

武装警備員(10)

 本日は所用につき早めの更新で。
新作チェブラーシュカ(ロシア語版)の上映が本日から(一週間限定)渋谷でも開始されるので非常に助かる(ヒルズは嫌いなのだ)。それに直接関係するわけではないが、今回は旧作チェブラーシュカ当時の武装警備員ネタで。
映画ではカーキ色の専用ギムナスチョルカ+カーキ制帽とバックルベルトを着用、モシンナガン小銃を担いだ動物園の警備員が出てくるのだが・・・。

このアニメ全体にいえるのだが、「制服系」人形は映画制作時から微妙に古めの(5~60年代)制服の特徴を加味したイメージ(「記号」なのだから当たり前だが)で作られており、すでに廃止されて久しいカーキ色の制帽と新型の平行四辺形襟章が当たり前のように併用されている。
この辺は「グレー制服なのに袖に赤ラインと銀色肩章の民警(58年制服のイメージ)」や「詰襟キーチェリに新型肩章と旧袖章が両方ついた河川艦隊の船長(40年代末のイメージ)」さらには「63年制服のはずなのに55年式制服の記章と帽章がついたグルジア人鉄道員」などを思い浮かべていただけるとお分かりだろう(・・・旧作をごらんになっていない皆様、申し訳ない)。
脱線が過ぎてしまったがようやく本題である。





60年代半ばの制服に70年以降の襟章をつけた「中級勤務員」の制服。旧作アニメの下級職員と異なり、管理職はこの手の制服(ベース服は旧ブログで大昔に紹介した)を着用していたのだ。これよりもう一世代古いものは貼り付け4つポケット裁断で肩章用のループがついていた。



60年代半ばだとこのタイプの襟章がデフォルトだった(詳しい制定年度は忘れた)。



襟章のバリエーション(中級管理職:正方形と上級管理職:長方形のもの)。この画像は手近にあるものを並べただけだが、このほか下級管理職:三角形、高級管理職:ダイヤモンド型が存在する。
ちなみに金属製の縁がつく襟章は非公式のもので、職員が自費で勝手に「国境警備隊用襟章」を購入・改造したものだ(比較的よく見かけるけど)。



「中級管理職以上用」帽章のついた武装警備員制帽(68年製)。60年代に入ると警備員制帽は(ごく一部の例外を除き)大体この配色に落ち着いてくる。帽章の同定はウクライナ人・クツェンコ氏の帽章資料本に準じたが、正直いまだ確信はない。



こんなものにも専用規格があるようだ。帽子自体は50年代のもので、とりあえず68年帽章がついている。

・・・チェブラーシュカネタで始めた記事だからといって、別にこれを着て映画を観に行こうというのではない。ないったらない。・・・多分・・・。  

Posted by Yakov at 14:23Comments(4)

2011年01月14日

友の会(12)旅行系

 今回も淡々とバッジネタ。



本日阿佐ヶ谷のロシア雑貨店パルクさんで(by 物々交換)入手したバッジ。
左側のユジノサハリンスク旅行バッジ(空港を図案化したものだろうか)はともかく右側の国防省保養施設・モスクワーアストラハン航路の「動くホテル」・豪華専用客船のバッジはかなり貴重なものだ(いやまあ、嬉しいのは筆者だけかもしれないが)。



バザーで雑バッジと間違えて売り飛ばしてしまったバッジ。買われた瞬間に気づいて泣く泣く写真だけ撮っておいたのだ(泣)。これまた国防省の冬季スポーツ宿泊施設「テルスコール」のものだ。



これはソ連人向け国内旅行協会(代理店といってもいいだろう)の職員バッジ。上の二つは添乗・案内員のもので下は事務所の職員バッジである。  

Posted by Yakov at 18:37Comments(0)

2011年01月13日

雑記・家庭の化学。

 何やらいわくありげな題名だが、例によって羊頭狗肉の一発ネタ。
こんな趣味をしていると、例えばXXの服は染め替えるとXXの代用に使えるのではないか、適当な色の生地がないなら染め替えて改造服のベースにしよう、とかちまちまと小細工を考えるのが日常のことになってしまう。現代日本ならそういうときの染色は東XハXズとかで売っている舶来の「ダイロン」に頼るのが一般的だが、もちろんかつてのソ連一般家庭でも似たようなことをしていたわけだ。





製造年が書かれていないが、5~60年代のものらしい家庭用アニリン系染料のパッケージ。どちらもウール用で左が緑、右が青とスタンプが押されていた(パッケージは各色共通)。
化学染料としては古典的かつ定番なもので最近の流行と異なり「煮沸染色」のタイプである(琺瑯容器推奨)。
包装には元生地の色と染料の組み合わせで得られる色が書いてありなかなか気配りが利いているが(右のパッケージ)何しろ昔の話なので記載されている色のバリエーションは赤、青、緑、茶色とかなり少ない。
・・・筆者とて別に実用しようと思って買ったわけではないので念のため。  

Posted by Yakov at 16:43Comments(2)

2011年01月12日

商業系(15)

 旧暦では新年な訳だが、さすがに何回も新年のお祝いを言うのも気がひける。
まあおとなしく地味ネタで粛々と更新することにしよう。





第30スーパーマーケットとでもいえばいいのか、総合販売店の職員バッジ。アルミを黒染めした重厚なバッジで、空白部分には職員の名前を入れるのだと思う。見難いが下側には販売局「食料品店」と書いてある。



右側の二つ(自動販売機販売局とモスクワ服飾店)は以前紹介したものとダブってしまったので省略(恥)、左はモスクワ家具販売局の大型バッジ。これにも職員の名前スペースが見える。



左上はモスクワ食肉販売局。その下はパン焼き技術者の優秀章だ。
さらに下はモスクワ青果野菜販売総局の職員バッジである。
右側の二つは食料品店のものだが・・・お察しの通り、これも以前紹介したもののダブりであった。  

Posted by Yakov at 17:36Comments(0)