QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 12人
プロフィール
Yakov

2015年09月29日

交通ネタ(92)

 久々にソ連鉄道ネタ。



以前から気になっていたが、結局買ってしまった革張りの鉄道制帽。帽章からして1970年代後半以降だろう。職掌は不明だが、まあ十中八九特注品だと思う。まあ民間商船同様にかなりの数が実在したと思われるが。


ベンチレーション用の鳩目穴が目立たないクラウン後部についているあたりが芸が細かい…というか規定違反が目立たないようにしたのだと思う。本革製である時点であまり意味はないが。  

Posted by Yakov at 19:30Comments(0)

2015年09月28日

デンビルの逆襲(24)

 先日は小林源文氏のイベントにお越しいただいた皆様、お疲れ様でした。その翌日は昭和記念公園でロシア人とバーベキュー大会とか遊び呆けていたおかげで更新は放置状態にて失礼。 土曜日にこの春の荷物が半分だけ到着して(残りは来週?)それでもバタバタしてこの時間である。

今回はさらっとデンビルネタを。



水兵服の襟(日本でいうジョンベラ)の裏に書かれたデンビル記念寄せ書きである。いろいろな共和国出身者(海がない国もある)がそれぞれ友情を込めて書きこんだというのはいいものである。
…こういうことをするから(中には壮大な絵を描く奴まである)襟の裏は紺色一色に改定されてしまったのだが、現代でも裏に白い布を縫い付けてまでこういう伝統は生き延びているらしい。  

Posted by Yakov at 19:57Comments(0)

2015年09月25日

党員服(3)

 明日は源文先生のところのイベントミリゲン祭に行くことになったので荷造り中である。まあ様子見的に軽装で行きますのでお時間のある向きは是非おいでください(「ゴスロギ」ブースにいます)。

今日はまた党員服のネタで。





米国のレンドリース生地で縫製され、ソ連軍ボタンがついた謎服。軍の規格ではなく、武装警備員やGULag下級職員風の「ポケットフラップ露出」裁断かつ右前合わせという変わった服である。そんなわけでこの分類としたが丁寧な縫製であるようなちょっと無理な部分もあったりするので一度仕立て直されたような気がしなくもない。  

Posted by Yakov at 20:22Comments(0)

2015年09月24日

国家保安(2)

 また適当な表題だが…戦前のNKVDネタで。



1939年以降のNKVD国内軍保安部隊航空制服。とりあえず軍に準ずる装備で制服も1935年式陸軍航空隊制服によく似ている(パイピングと襟章の違いのみ)。おそらくフレンチ服も存在すると思うが着用例はあまり見かけない(モノクロ写真では判別不能だし)。



国境警備部隊にも同様の航空制服は存在する。画像のようなピロトカが存在するが、制帽は一般部隊(NKVDおよび故郷警備隊)と同様と思われる。1943年以降は飛行要員のみ「空軍帽章のついたNKVD制帽」を使用するようだが規定書はまだ入手できていない。  

Posted by Yakov at 19:56Comments(0)

2015年09月23日

党員服(2)

 月曜日のブラックホールご来場の皆様、お疲れ様&ありがとうございました。アフターの軍歌イベントは開場ギリギリで物販スペースなしとかドタキャン10名とかいろいろあったもののイベントは盛り上がって翌日は疲れ切ってえらいことに…12月のビクトリーショー(浅草に移動)に合わせた企画とか10月頭の映画界とか企画は続くのでまたよろしくお願いいたします。

・・・前ふりが長くなったがまた党員服ネタで。



これはまた薄汚れているが洗うと生地がど退色しそうなので「着ないで現状保存」である。襟前立ての下端が直線処理なところとかポケットフラップとか1920年代の裁断センスだが実際の製造年代はよくわからない。



生地はバイカ(起毛綿)のようで肌触りはいいと思われる(着てみるのはちょっと嫌だが)。前あわせが右前だったり具尿に見えるがやはり軍裁断とは別物のようだ。  

Posted by Yakov at 18:12Comments(2)

2015年09月20日

続・民警(52)+告知

 本日は来客につき以下略。明日はビクトリーショー、そのあと7時からソ連軍歌パーティーなのだが午後くじになろうとしているのにまだ明日の準備ができていない体たらく。まあ何とかなるだろう(根拠レス)。



とりあえず今日は民警43年式ギムナスチョルカ。元は1947年式のギムナスチョルカだと思うが(ボタンが軍と同じタイプだった)最近やっと発売された民警巡査用銀色ボタンに取り換えたのだ。槌鎌だけのボタンは金色のものは以前から出ていたのだが、銀が出たついでに巡査で組んでみた。肩章の「第一分班」の文字はソ連の大ヒット刑事ドラマ「待ち合わせ場所変更不可」(主演はシンガーソングライターとして有名なヴィソツキーである)の婦人警官と同じもの。おそらくこの番組用の流出だと思う。映画プロップとして価値があるかもしれない(肩章だけだが)。

明日の軍歌イベントについては8月25日更新分をご参照ください。飛び入りも歓迎です(席がなくともなんとかします)。  

Posted by Yakov at 21:06Comments(0)

2015年09月19日

党員服(1)

 こんな題名にはしたが、日本の国民服と違って別に「党員服」という規格の服があるわけではない。戦間期から50年代初めにかけて党の幹部や企業体の管理者などが好んだ「軍服風裁断の服」をマニア間でこう呼んでいるのだ。まあソ連映画ファンならわかっていただけると思う。ま、規格があるわけではないのでまた適当にだらだら紹介していくのだ。何しろ「個人で仕立てた服」なわけで。



とりあえず仕立てのいいものから。戦前の将校ギムナスチョルカに準じた作りだがパーツの造形に個人の好みが大いに反映されている。右前なのはロシア伝統裁断(帝政服含め)であって別に女性用ではないと思われる。



ヘリンボーン織りの紳士服的な生地で出来ている。色合いもグレーがかったカーキで29年軍服っぽい色、といえば伝わるだろうか?
襟ホックの代わりにダブルボタンになっているところはクラシックな替え襟シャツにも似ている。  

Posted by Yakov at 19:19Comments(2)

2015年09月18日

任期延長

 筆者の話ではなくソ連軍における徴兵終了後も引き続き勤務する下士官制服についてである。基本的にそれらは士官制服に準ずるわけだが、「準ずる」の内容は時代が軍種などによって変わってくる。それらを総合的にまとめるのは不可能なので例によって思いつくまま紹介していきたい。





手元に54年製海軍キーチェリがあったので手持ちのオリジナル袖章と組み上げてみた。1945年式のデカいものでなくやや小ぶりな1951年型(55年にはさらに小さくなる)任期延長勤務10年以上のシェブロンである。
制帽もやや小ぶりなものがあったので50年代っぽく見えるのではなかろうか。帽章とボタンは60年くらいのものだがまあ見逃してほしい(付け替えるのが面倒だった)。

  

Posted by Yakov at 19:12Comments(0)

2015年09月17日

20年代制服。

 昔に手放したものが友人の資金難により手元に返ってきた…という(私的には)嬉しい服について。



1924年型ОГПУ制服。1998年に買ったもので(この頃は精巧な複製が出回る前だった)オリジナルかミュージアムレプリカかどちらとも判断し辛い。治安機関プルオーバーの前立てが隠しボタンから露出式になったのは1930年過ぎなので裁断的には申し分ない。



この頃の襟章は幅広い。中休止期間以上は襟に直接七宝ピプをつけるのだ。



変わった色の記事だとお分かりだろうか。パステルカラーの糸を織り込んで「玉虫色」のような効果を出している。この辺は帝政軍服にも時々見られるのだが。
  

Posted by Yakov at 19:35Comments(0)

2015年09月16日

食器(67)

 旧ブログで紹介したかどうか忘れてしまったが、アゼルバイジャンのコップネタを。



右のコップセットはかつて東京に「ソ連の店白樺」があったころの定番商品でコップホルダーを外しても着けても何とかなるティーグラスである。ソ連時代のアゼルバイジャン製品では高級なタイプで細い金属線をロウ付けして作ったいかにも手の込んだ製品である。
左の方はアルミ一発抜きだが…



全体にピントが合わなくて申し訳ないが、アルミ一発抜きの方には取っ手の裏にАзТОХПК 2ルーブルと刻印が見える。アゼルバイジャン何たら工場の略だろうが、コップホルダーで2ルーブルは当時それほど安くなかったと思う。  

Posted by Yakov at 19:55Comments(2)

2015年09月15日

女性制服再び(2)

 また二次戦型制服で。



1953年製の制服スカートだが、基本的に左側面をボタン留め(上露出ボタンのほかに隠しボタン、現ロシアではジッパー併用)は共通で左右対称(前から見て)になるようにプリーツが入る。



しかしこういう変わったバリエーションも存在するから困る。タイトスカートに左右の端に短く幅広いボックスプリーツがあるバージョンである。
特に規定があるわけでもなさそうで、軍音楽隊のダンサー用ということでもなさそうだ(生地もボタンも軍規格)。まあ女性兵士の靴同様に規格が相当緩いのかもしれない。事情が分かったら後日報告するということで。  

Posted by Yakov at 20:47Comments(0)

2015年09月14日

続・50年代礼服

 2010年9月30日に紹介した服だが、来週使えそうなイベントがあるのでとりあえず組み上げてみた。




1949年型空軍および戦車科礼服は着こなしの面では派手なのか地味なのかよくわからないところがあって他兵科のような紺ズボンは着用されない。それでいて海軍以外では珍しく短剣が標準装備(日本の法律があるので刀身はない(「ガワだけ」購入してネジ棒で代用)、制帽のつばには金飾りオーナメントがつくのだ(40年制帽をつぶすのは惜しいので55年ごろの制帽に仮止めである)。



戦後にもらったメダルが大半(大尉だしな)なコーディネート。当時の勲章着用規定は出回っていないのだが、当時の写真を見ると「身体の内側から外側に向けて高位勲章」の配置と「上から下に向けて高位勲章」の例が同じくらいの頻度で実在するので「規定順守」はもうあきらめた。50年代以降に増えてきた「内側高位勲章」で組んである。  

Posted by Yakov at 18:47Comments(0)

2015年09月11日

女性制服再び(1)

 旧ブログで触れたまま、ミリブロでは二次戦型制服のネタはやっていなかったので。次の意弁tでレンタルする関係上組み上げてみたのだ。



米軍レンドリース生地の大戦時女性用43型ギムナスチョルカ。右前な上に肩のサイズ詰め(+胸の立体裁断の都合でもある)がある典型的なものだ。



記章類は航空エンジニア少尉(訳によっては少尉補ともされるがうちではこうしておく)。後方支援の茶色い中心線と金色の星が見えると思う。
胸の記章は航空技術学校の卒業章だ。



50年代初期ロットの43ギムナスチョルカ。綿なので肌触りははるかにいい。肩章は戦車兵中尉で肩の兵科章は左右同じ向きのものにした。左右対称になっているものは実物しか残っておらず、手持ちのレプリカがこれしか残っていなかったのだ。
親衛章は「雰囲気」が出ればいいので70年代のものを使い、略綬は赤星勲章と戦功メダルにした。

・・・イベントでは上につなぎ服を着てもらうので見えないかもしれないが。  

Posted by Yakov at 21:41Comments(0)

2015年09月10日

商業系(26)

 パソコンを替えた際に更新しないまま残っていた画像発掘シリーズである。



左上からカレリア共和国の功労商業労働者バッジ。この手は(共和国功労何たら)実際相当な名誉なのだがバッジ自体はアルミ製であまり有難いものには見えない。上段中央はモスクワ市消費物資委員会商業本部(とでも訳すのだろうか)モスオーブフィ:「モス靴」職員バッジである。右はモスクワの靴展示見本市のものだろう。
下段左は総合食料品店のもので「食品商業部」の表記がある。中はチミリャゼフスク(市?)食品販売局のもの。右がちょっと変わっていてハンガリー製洗剤のバッジである。販売店のキャンペーンか見本市用かその辺のものだと思う。メイドインハンガリーとロシア語表記の商品名がちょっとミスマッチだ。  

Posted by Yakov at 18:38Comments(0)

2015年09月09日

イベント準備。

 昨日は大雨の中21日のイベント用の衣装合わせに出かけた。当日イベントスタッフを務めるうら若きアルバイト店員用に女性軍服を持っていったのだ。
服の話は後日に回して地味に進んでいるイベント準備のネタなど。



以前紹介した軍用薬缶に手書きで「紅茶」の文字を入れたり蓋にチェーンをつけたり(輸送中に凹んだのか蓋がすぐに落下するのだ)したわけだが、画像をFBに上げたらロシアの知人から「軍隊では准尉がこの薬缶にウォッカやコニャックを隠してた、表示通りに紅茶なんか入ってなかった」とかしょうもない情報をいただいてうれしかった<どっちやねん また、(アルミ材質を鉄製に替えれば)まったくの同型が1930年代にすでにあった、と情報を得たのもありがたいことである。



うちには建物の壁に張る特大勲章模型(勲章を拝受した通信社や軍学校の玄関で見かけるアレである)がいくつもあるのだが、その中でも始末に困っていたスターリンレリーフの活用法が見つかった。木製の切り文字と木の板ででっち上げたイベント看板である。もちろん大祖国戦勲章は拝受していないが(笑)。
  

Posted by Yakov at 19:01Comments(0)

2015年09月07日

訪問記念

 公的ルートで博物館に行くといろいろなお土産をくれるわけだが、ソ連の博物館でも外国施設向けに英語表記入りの「各兵科ワッペンセット」やら「帽章詰め合わせ」などを配っていた、というのは以前書いたと思う。ある時は訪問者に配り、余ったら博物館の売店で売られる…というバッジの部類をまた不定期であげていこうと思う。



その道では定番、モスクワ軍中央軍事博物館のバッジ。オーロラ号(所在地はレニングラードであってモスクワにあるわけではないが)とかナガン拳銃とかイメージに合わせたイラストをあしらっていて、いくつも種類がある。
  

Posted by Yakov at 19:40Comments(0)

2015年09月06日

ファッション通信再び(19)

 今回はもう純粋にネタで。



前ジッパーのポロシャツ、といっても戦前スタイルではなく、70年代から80年代くらいのソ連製「普段着」であろう。なんでまた?と思われるかもしれないが…。


 柄がちょうど「ゲオルギーリボン柄」だったのである。意図してデザインされたのかはよくわからないが、時節型ちょうどいいので思わず買ってしまった。

・・・しかしこの春のモスクワは結構暑く、生地的にあまり有難くないので実際には着なかった。胸ポケットもないので実用的ではないし。  

Posted by Yakov at 19:39Comments(0)

2015年09月05日

海軍バックル。

 ピンポイントな表題だが、まあ見たまんまである。戦前ソ連陸海軍のバックルベルト(陸軍は士官候補生くらいしか使っていなかったが)は戦後早い時期に右フック(ボクシングの話ではない)に変更されたのだが、旧タイプもそれはそれでややこしいのだ。



戦前の国家規格資料なんぞ持っていないので資料性も何もなく手持ちのものを並べただけだが。左一番上と一番下のものには「錨の横棒」(何と呼ぶのだろうか。ストック?)の中にも小さな星が入っているのが判る。業者はよく「星があるのは古い」といっているのだが「どのくらい古い」のかはまるで分らない。右列の「右フック初期」には確かに「小さな星」は見えない。



裏面。表面がすり減っていてわかりにくい左列真ん中のバックルも裏から見ればわかり安かろう、というためだけに載せた画像である。  

Posted by Yakov at 19:36Comments(0)

2015年09月03日

戦勝記念のモスクワ。

 5月9日からどんだけ経ったと思ってるんだ!といわれそうだがちょっと気の利いた演出の話を。
戦勝記念日直後、有名なВДНХ(そう、旧名称が戻ってきたのだ!!)を散歩していた時のお話を。



何しろ展示施設が再開されると決まったのは昨年秋。改装はだいぶ進んだが完全に展示館として公開されている建物はあまりなかったのでほぼ公園を散歩する、という気分だった。メインの通りに綺麗な展示があるのが見えたが(はっきりは見えない)まあ帰りに見ればいいや、と中央館の大祖国戦展示を観に行った。



で、その帰りに「何かある」メインの通路を歩いてみると判った様な判らないような展示が見える。もちろん一つ一つの意味はわかるのだが、軍歌の歌詞、料理のレシピ、生活の知恵、その日に生まれたと思しい有名人の伝記…何とも統一性がないのだ。



ん?と思って振り返ったら疑問が氷解した。あ、これカレンダーだ!…戦後70年分、5月9日付の日めくりカレンダーを両面とも再現した展示だったのだ。

…今でもたまに見かけるが、ロシア・ソ連の日めくりカレンダーは裏面が便利な情報コーナーのようになっているのが伝統なのだ。外国人は両方見てもその意味に気づかないかもしれない。
  

Posted by Yakov at 21:23Comments(2)

2015年09月02日

対日戦。

 戦艦ミズーリ上で日本が降伏文書に署名してからちょうど70年たったわけだが、昨日たまたま本棚の上から出てきた資料がドンピシャだったので紹介したい。



1945年、満州で発行された対日戦参戦者への感謝状なのだ。



対日戦勝メダルの絵とともに本文が…司令官であるザフヴァターエフ上級大将と軍事委員会クーリク中将、軍政治部長フヴァートフ大佐の連名によるものだ。



一緒に出てきた紙ものがまたイヤンな感じで…購入時、日本の軍事郵便はがきが大量についてきたのである。これらは反故紙として裏面をソ連兵士の便せんにしたり、カルテに使われたりいろいろ有効活用されていたのだ。  

Posted by Yakov at 19:34Comments(0)