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Yakov

2013年09月14日

書籍ネタ:アフガンのコムソモール

 今回は春に買ってきた書籍紹介でも。



Мушаверы. Неизвестные страницы афганской войны(顧問たち:アフガン戦争の知られざる一面)と題された資料本である。アフガンの青年組織や民兵部隊、鉄道建設学生義勇隊などに派遣された主にコムソモール活動家の記録である。



個人記録も簡単ながら大量に載っている(本人が記載した報告書の一部含む)。西側の報道・ルポだと「KGBが派遣した軍事要員」のように適当に十把ひとからげにされた人々が割と普通のコムソモール活動家だったり政治、技術それぞれの専門家であったりかなり本気で「国家の底上げ」を狙って派遣されていたのがわかる。もちろんゲリラには目の敵にされていたため非業の死を遂げたメンバーも散見される。



アフガン軍の青年同盟アジプロ班に派遣されたメンバーも自衛武装はしているもののソ連軍に軍籍がない場合はアフガンないしソ連の軍服はほとんど着用されない。



テレビ取材の護衛・引率、民兵部隊、鉄道建設とありとあらゆるところに実務派遣されていたのがよくわかる。

・・・ソ連の民生品衣服が知りたいから購入した資料ではないので誤解なきよう。




この記事へのコメント
79年にヘラートでソビエトの技術者300人が虐殺されたりしてますもんねぇ。コムソモールの人達は、かなり真面目にアフガンの「同胞」の救済を考えて働いてて、殺されたと思うと、我が身を省みて涙が・・・。因みにマザリシャリフでみた灌漑施設とキルギスの田舎のそれがそっくりで、
ああ、あれはソ連の援助だったんだと思うと感慨深いものが。ソビエト影響下の70年代のカブールはそりゃあ良い街だったとか聞くと、10年20年後に「俺の居た頃はビシケクもまだ平和だったんだけどね」なんて言わなくて良い事を祈るのみです、さ仕事するぞ!
Posted by F・タナカ at 2013年09月16日 22:45
それはさておき、70年代後半のソ連の民生品衣服については詳しく知りたいものですw
Posted by F・タナカ at 2013年09月16日 22:46
技術者と教育者の犠牲者は多かったですよね。女学校など頻繁に襲撃されて教師(たぶんアフガン人だけど)が虐殺されたり。これらみんなソ連軍事介入前の出来事なんですが「後援者」ではあっても「侵略者」ではなかったこれらの時代を無視して「侵略者は殺されて当然」みたいに言い放つ連中にはうんざりします。
以前アフガン戦時のアサヒグラフで「ゲリラシンパ」のレポーターが「ソ連で教育を受けたスパイの暗殺者リスト」と称して「アフガンの高校上級生の女子の写真」を紹介してたのを見て吐き気がしました。
キルギスがカラー革命の連中に籠絡されたりしないことを何よりもキルギス人のために祈ります。お仕事がんばってくださいね。
>民生品衣服:「レッド・ブル」で「軍服よりも目立つ」といわれたダサいスーツとかサファリジャケットとか、やっぱり当時の日本とはベクトルの違うダサさですねえ・・・。
VANのサファリとか、当時日本で流行ってたダサい服も好きだったんですが。
Posted by YakovYakov at 2013年09月17日 18:04
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