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Yakov

2016年07月31日

再録459・軍医療科(10)




 筆者と同世代ではソ連軍、というとどうしても80年代後半の装備がスタンダードとなってしまうのだが、60~70年代はどうも端境期というのか意外と知られていない向きがあるようだ。今回は重箱の隅をちょっとだけ。
 80年代後半の軍医・衛生科制服は通常兵科のエンブレム違いに過ぎないが58年規定(まあ戦前からそうなのだが)の暗緑色(+赤)、69~82(?)のラズベリーが兵科色時代の襟章を並べてみた。パレード・外出用金属台座が割ピン式のものを取り上げたが読者の皆様では後期の縫い付け式穴あき台座を思い浮かべる方が一般的だろう。かつて老舗軍装店Sミリタリ屋さんで売っていた(アメリカ製?)レプリカ襟章は裏が押しピン式になっていたものだが、おそらくこのタイプをサンプルにして作ったものだろう。下に見えるのは野戦コート用リバーシブル襟章。
 69式初期の兵下士官用腕パッチ。80年代後期の赤地タイプは結構出回っているはずだがこのタイプは…。
 58制帽の最後期生産タイプ。以前(国境警備隊の項で)書いた通り、バンドの暗緑色が国境警備隊などと同じ緑色になっている。こういう例を見ると「ソ連の軍規定はいい加減」という俗説に傾きたくもなるが、規定自体は時代にかかわらず恐ろしく厳しいのである。
…ОТК職員の融通が利きすぎるのかも知れない…。



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