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Yakov

2024年03月27日

観光地(83)

 乗り物だか何だかわからないネタだが。



これまたぞんざいな差しピン式の簡易バッジだが…お題は大河「ドニエプル」であるが川そのものではバッジが作れないので2大題材、巨大水力発電ダムと遊覧船、である。発電所の方はバッジ以外にもタバコケースやコップホルダーにもなっていて有名どころだが、この観光船、水中翼船なんだがどうも絵面が異形の水中生物みたいである。この川の遊覧船は無茶苦茶いっぱいあるので同定に苦労したが、おそらくロシア側でも多く運航しているメテオール型ではなかろうか。1960年設計で世界中で使われていた観光用水中翼船であるが、ロシア語で検索したら「動力船、メテオール、購入」と検索候補が出てビビった。何隻も売りに出ているのか。  

Posted by Yakov at 20:43Comments(0)

2024年03月26日

観光地(82)

 またソチだが。



ソチの1967年式市章。このバッジは彩色されていないが、4分割の右上から時計回りに赤、銀、赤、銀のベースに「金のナツメヤシ」「紺碧の海」「金の太陽」「紺碧の山」が描かれており、中央の紺碧の盾形には銀の皿からこぼれる燃える水(温泉を示す)があり、全体の大きな縦の左右にはお茶と月桂樹の枝、金のリボンには「人民に健康を」のスローガンが記されている。1997年の紋章は盾の上の鎌槌が鳩に変わっている以外は同一である。  

Posted by Yakov at 20:55Comments(0)

2024年03月25日

PMC(4)

 まずは現地時間3月22日夜のテロ被害者に哀悼の意を捧げます。
昨日はイカれたイベントで疲れ、更新できなかったので申し訳ない。



ワグネルのパッチをひとつ紹介し忘れていたのでここで。ワグネルの戦車部隊の有名なものを。
「我等の戦車を前にして、敵が残せるものは残骸のみ」。テロの計画立案者、協力者、資金提供者が塵と消えますように。例え外国にいようとも。  

Posted by Yakov at 20:24Comments(0)

2024年03月23日

観光地(81)

 ソチの保養施設で。



ソチには保養施設がいくつもあるが、温泉療法で知られるマツェスタのバッジである。1902年にできた温泉保養施設で自然に囲まれ、専門家の指導で医療措置が受けられる。周辺の観光ルートなどいろいろ紹介されているが、スターリンの別荘、紅茶畑、乳製品レストラン等々、健康に良さそうな立地のようだ。意匠は温泉なのかよくわからないが、まあフィーリングで理解しておこう。  

Posted by Yakov at 20:01Comments(0)

2024年03月22日

近隣国(117)

 ソ連時代のものだが分類の困ったのでこれで。



光が反射してお見苦しいが、小さいものなので仕方ない。さて、グルジア文字を見てビビったが下にロシア式で書いてあるので助かった。バッジはトビリシ800周年の1966年、グルジアの詩人ショタ・ルスタベリ(12-13世紀)の記念のようだ。GTOとあるのでてっきりスポーツバッジ(国歌体力検定)かと思ったら「グルジア劇場協会」の略であったようだ。記念劇でもあったのだと思うがこのバッジは60カペークで市販されていたようで。  

Posted by Yakov at 20:10Comments(0)

2024年03月21日

観光地(80)

 バルトで。



ラトビアのクールランド地方にあるカンダヴァのバッジ。クールランドというと大戦中ラトビア人ナチが立て籠もったアレであまり愉快なイメージはないが。意匠としては有名な石橋がメインにあり、ルター派教会とか13世紀の要塞とか多少の観光地ではあるようだ。
北方戦争の時に手ひどく破壊され、1710年には疫病のため人口が2名にまで減っている。  

Posted by Yakov at 19:32Comments(0)

2024年03月20日

観光地(79)

 モスクワ近郊の街で観光地ともいえないのだが。



以前https://voenkom.militaryblog.jp/e1129960.html
で紹介した街の150周年バッジである。1980年に大々的な街の150周年が祝われたわけだが当時の市の紋章が麦の穂と歯車だったにもかかわらず150年をかたどった意匠は歯車だけだったりする。   

Posted by Yakov at 20:21Comments(0)

2024年03月19日

イベント要員(11)

 演劇コンクール的なもので。



文字からして10年ごとに企画される在野アマチュアの演劇祭があったようで、まとまった資料は見つけていないが1967年発行の企画50周年バッジが存在するので革命後、まあまあ順調に企画されてきたのであろう。このバッジについては1972-73年、全露農村アマチュア演芸公演のレビュアーに渡されたものらしい。バッジコレクターの情報網と探究心にはいつも頭が下がる。  

Posted by Yakov at 20:26Comments(0)

2024年03月18日

スポーツバッジ(31)

 自動車ラリーで。



どう見てもソ連製なのに、文字は全部ラテン文字…なわけだが、1970年に行われたロンドン―メキシコラリーの記念バッジである。12位と17位、20位の成績を収めたソ連自動車輸出公団チームのモスクビッチ412を讃えるもので上部のM412でそれが示されている。この企画自体はロンドンとメキシコで行われたFIFAワールドカップにリンクしているのでスポーツの分類でまあいいだろう<無理矢理  

Posted by Yakov at 20:47Comments(0)

2024年03月17日

観光地(78)

 来客につきこの時間の更新である。



ウクロ語で記載のあるキエフのバッジである。キエフにはオベリスクは複数あったが、「永遠の栄光」広場にあるオベリスクと思われる(永遠の火が燃えているので)。とりあえず現存しているらしい。もう一つのオベリスク、勝利公園にある方は現存はしているものの、レーニン勲章と金星勲章は金属スクラップとして剥がされ、1941-1945の文字は1939-1945に作り変えられたとのこと。戦後はどうするつもりやら。また1941-45に直すのか、2022-202xの文字を付け加えるのだろうか。ゲオルギー勲章と一緒に。  

Posted by Yakov at 23:10Comments(0)

2024年03月16日

インテリア小物(12)

 先日日本のフリマで見つけた。




アルミニウムの厚板に綺麗な七宝を施したお土産である。欧州によくあるタイルのコレクションのようなものかと思うが10cm角程度の結構大判なものである。商品名は付けようもないのか「ロシア土産」の一言。発行元は「全露歴史文化記念物保護協会」であり、ディムコヴォ(キーロフ市にある土人形などの伝統玩具で有名な地区)の名産品を意匠としている。1980年代の製品であるが、旅行の土産だったのだろうか。  

Posted by Yakov at 20:50Comments(0)

2024年03月15日

観光地(77)そんなわけアルメニア。

 私はスラブ系言語しかわからない、といっていても出くわしてしまうのだから仕方ない。



グルジアワインかアルメニアブランデーのラベルでしか見たことのない文字である。やむなくカフカス言語のアルファベットを探した結果ブランディー…ではなくアルメニア文字と判明、一字一字読んだ結果Sardarapatと判明(ヤンデックスのおかげで一字解読を間違えてたと知る)。1918年にトルコ正規軍とアルメニア人義勇軍が衝突した場所にできた記念碑である。アルマヴィールに近いアラクス村が所在地となっている。建造は1968年、アルメニア人民の戦勝50周年記念のモニュメントである。バッジは単色だが、実際には赤茶色の建物、彫刻から成る。  

Posted by Yakov at 19:56Comments(0)

2024年03月14日

観光地(76)一山いくら?

 さらっと消化試合である。



このブログをご覧の方は先刻ご承知の事と思うが筆者はバルト三国には思い入れが皆無故、3個いっぺん丸投げで行きたい。
中央のタリンは七宝入りでよく出来てはいるが、裏が失くしやすい差しピンなので着用にはあまり向かない。この手の七宝はロストフあたりでも盛んだったが、バルト地元では塗装のない燻したようなものの方がよく目につく。
左右両端のリガのバッジだが、左のものに顕著なように塗装が東独製の一部バッジのように脱落しやすく、クォリティは高くない。右のものは最初から塗装がないようで、バルト三国ではよくあるタイプといえる。  

Posted by Yakov at 20:34Comments(0)

2024年03月13日

観光地(75)

 ジトミールなので「近隣国」のままかもしれないが。



現在はウの国ジトミール州の街コーロステニのバッジ。語源としてはスカンジナビア語由来らしいが旧名のイスコロステニは945年に歴史に登場する古都である。キエフ公イーゴリが殺された街ということで妃により焼かれたわけだが。ここらの街の常として幾度も戦火に焼かれ、近代ではポグロムが何度も起き、さらにはナチドイツ占領下でも虐殺のあった土地である。
帝政期からある陶器工場と作家オストロフスキー記念公園で有名なわけだが、バッジの意匠右側の祈祷施設は現存しているものの左の像はよくわからない。多くの記念像が破壊されている現状からして現存していないのかもしれない。  

Posted by Yakov at 20:07Comments(0)

2024年03月12日

友の会(44)

 狩猟系で。



ソ連時代の全ロシア(RSFSRロシアソビエト社会主義連邦)狩猟・漁労協会のバッジ。現在ではРосийская ассоциация общественных объедений охотников и рыболовов に改名されたが、略称もこの時と同じでサイト名もバッジと同じになっている。
1958年創設で160万人の会員数を誇り、ロシア国内の狩猟・釣り人口の7割を占めている。

https://voenkom.militaryblog.jp/e237397.html

この時にもちょっと触れたが動物保護などにも関与しているので規則を守らず乱獲とか判定されるとえらい目に遭うと思う。  

Posted by Yakov at 20:37Comments(0)

2024年03月11日

展示会(2)

 書籍系で。



モスクワで1975年に行われたブックフェアのバッジ。裏に40カペークのひぃおうじがあるので会場で記念に売られていた来場者向けか何かだと思う。
材質はガラス状のアレで、1970-80年代によく使われた反射性の強いもの。撮影しにくくてピンボケである。
この材質はСиталлы(Ситалл СО-115М,Астростилл)と呼ばれると今知ったが、ガラス格子状の丈夫なもの(バッジの薄さだとすぐ割れるが)で、オスタンキノテレビ塔の透明な観光客用の透明床パーツにも使われているという。筆者は高所恐怖症なので(何しろ東京タワーより高い)オスタンキノ見学のお誘いは全部断っているのだが。
脱線してしまったが、ともあれよく見る材質なのである。  

Posted by Yakov at 20:20Comments(0)

2024年03月10日

観光地(74)

 ちょっとまたキエフで。



英雄都市キエフ(マイダン以後愚かにも返上)の「ソ連邦英雄記章」と記念碑のデザインである。記念像はおそらく
https://voenkom.militaryblog.jp/e1131901.html
このヴィシュゴロドにある解放記念館の像だと思う。
もう降伏した方が身のためだと思うがゼレはいつまで粘る気だろか…。  

Posted by Yakov at 19:37Comments(0)

2024年03月09日

袋物(54)帝政

 大昔に買って忘れていた図嚢を。



革製の将校図嚢。一次大戦だと留め具にスナップを使うことが多いのだが、これは差し込み式である。戦時型なのか逆に初期なのかはよくわからない。



裏面。吊り具は通常DリングかOリングの所が四角形という変わったバージョン。



内側はセルロイドの様な何かで透明な格子が入っており、数字とアルファベットで位置が示せる。このアルファベットが1919年に新正字法に変わる前の帝政アルファベットということで時代の識別が付くのであった。  

Posted by Yakov at 20:31Comments(0)

2024年03月08日

С 8 Марта!

 皆様。国際婦人デーおめでとうございます。昨年、一昨年とうっかりしておりましたが今年は心を入れ替えましてお祝いさせていただく次第。



ソ連時代の3月8日バッジから。8の数字の周りにびっしりМАРТА (3月)マルタ....と書いてあるので読んでいるうちにゲシュタルト崩壊でМАРКА(切手)に見えてきて…あ、このバッジのデザインは切手みたいだな!…とそんなことでもないと思うが「切手」をかたどったお祝いバッジというのもなかなかステキである。遠く離れた皆さまにも切手を貼った手紙のようにご挨拶を届けたい…と気障なことを考えたが、いや、ネットの方が葉書より早く届くのでありました。



わかりにくいボケのお詫びにもう一つ。ブローチではなくバッジに分類されると思うのだが、レジンだろうか?透明な合成樹脂に封入されたミニチュアフラワーの様な可愛い系バッジも紹介しておきたい。そもそもお花を配るのがこの祝日の習わしなのであります。

С Праздником!  

Posted by Yakov at 20:04Comments(0)

2024年03月07日

観光地(73)

 そういえばプーチン大統領の世界青年祭閉会挨拶を見たところだった。



とても小さなバッジで上下がよくわからず(6弁の花だし)くるくる回してみたらСОЧИ、ソチのバッジと気が付いた。なんかのイベントのものでもなさそうで、温暖で花咲く街、ソチ、というところだろうか。閉会したばかりの世界青年祭、会場はこのソチであったのだ。  

Posted by Yakov at 20:08Comments(0)