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Yakov

2024年03月18日

スポーツバッジ(31)

 自動車ラリーで。



どう見てもソ連製なのに、文字は全部ラテン文字…なわけだが、1970年に行われたロンドン―メキシコラリーの記念バッジである。12位と17位、20位の成績を収めたソ連自動車輸出公団チームのモスクビッチ412を讃えるもので上部のM412でそれが示されている。この企画自体はロンドンとメキシコで行われたFIFAワールドカップにリンクしているのでスポーツの分類でまあいいだろう<無理矢理  

Posted by Yakov at 20:47Comments(0)

2024年03月17日

観光地(78)

 来客につきこの時間の更新である。



ウクロ語で記載のあるキエフのバッジである。キエフにはオベリスクは複数あったが、「永遠の栄光」広場にあるオベリスクと思われる(永遠の火が燃えているので)。とりあえず現存しているらしい。もう一つのオベリスク、勝利公園にある方は現存はしているものの、レーニン勲章と金星勲章は金属スクラップとして剥がされ、1941-1945の文字は1939-1945に作り変えられたとのこと。戦後はどうするつもりやら。また1941-45に直すのか、2022-202xの文字を付け加えるのだろうか。ゲオルギー勲章と一緒に。  

Posted by Yakov at 23:10Comments(0)

2024年03月16日

インテリア小物(12)

 先日日本のフリマで見つけた。




アルミニウムの厚板に綺麗な七宝を施したお土産である。欧州によくあるタイルのコレクションのようなものかと思うが10cm角程度の結構大判なものである。商品名は付けようもないのか「ロシア土産」の一言。発行元は「全露歴史文化記念物保護協会」であり、ディムコヴォ(キーロフ市にある土人形などの伝統玩具で有名な地区)の名産品を意匠としている。1980年代の製品であるが、旅行の土産だったのだろうか。  

Posted by Yakov at 20:50Comments(0)

2024年03月15日

観光地(77)そんなわけアルメニア。

 私はスラブ系言語しかわからない、といっていても出くわしてしまうのだから仕方ない。



グルジアワインかアルメニアブランデーのラベルでしか見たことのない文字である。やむなくカフカス言語のアルファベットを探した結果ブランディー…ではなくアルメニア文字と判明、一字一字読んだ結果Sardarapatと判明(ヤンデックスのおかげで一字解読を間違えてたと知る)。1918年にトルコ正規軍とアルメニア人義勇軍が衝突した場所にできた記念碑である。アルマヴィールに近いアラクス村が所在地となっている。建造は1968年、アルメニア人民の戦勝50周年記念のモニュメントである。バッジは単色だが、実際には赤茶色の建物、彫刻から成る。  

Posted by Yakov at 19:56Comments(0)

2024年03月14日

観光地(76)一山いくら?

 さらっと消化試合である。



このブログをご覧の方は先刻ご承知の事と思うが筆者はバルト三国には思い入れが皆無故、3個いっぺん丸投げで行きたい。
中央のタリンは七宝入りでよく出来てはいるが、裏が失くしやすい差しピンなので着用にはあまり向かない。この手の七宝はロストフあたりでも盛んだったが、バルト地元では塗装のない燻したようなものの方がよく目につく。
左右両端のリガのバッジだが、左のものに顕著なように塗装が東独製の一部バッジのように脱落しやすく、クォリティは高くない。右のものは最初から塗装がないようで、バルト三国ではよくあるタイプといえる。  

Posted by Yakov at 20:34Comments(0)

2024年03月13日

観光地(75)

 ジトミールなので「近隣国」のままかもしれないが。



現在はウの国ジトミール州の街コーロステニのバッジ。語源としてはスカンジナビア語由来らしいが旧名のイスコロステニは945年に歴史に登場する古都である。キエフ公イーゴリが殺された街ということで妃により焼かれたわけだが。ここらの街の常として幾度も戦火に焼かれ、近代ではポグロムが何度も起き、さらにはナチドイツ占領下でも虐殺のあった土地である。
帝政期からある陶器工場と作家オストロフスキー記念公園で有名なわけだが、バッジの意匠右側の祈祷施設は現存しているものの左の像はよくわからない。多くの記念像が破壊されている現状からして現存していないのかもしれない。  

Posted by Yakov at 20:07Comments(0)

2024年03月12日

友の会(44)

 狩猟系で。



ソ連時代の全ロシア(RSFSRロシアソビエト社会主義連邦)狩猟・漁労協会のバッジ。現在ではРосийская ассоциация общественных объедений охотников и рыболовов に改名されたが、略称もこの時と同じでサイト名もバッジと同じになっている。
1958年創設で160万人の会員数を誇り、ロシア国内の狩猟・釣り人口の7割を占めている。

https://voenkom.militaryblog.jp/e237397.html

この時にもちょっと触れたが動物保護などにも関与しているので規則を守らず乱獲とか判定されるとえらい目に遭うと思う。  

Posted by Yakov at 20:37Comments(0)

2024年03月11日

展示会(2)

 書籍系で。



モスクワで1975年に行われたブックフェアのバッジ。裏に40カペークのひぃおうじがあるので会場で記念に売られていた来場者向けか何かだと思う。
材質はガラス状のアレで、1970-80年代によく使われた反射性の強いもの。撮影しにくくてピンボケである。
この材質はСиталлы(Ситалл СО-115М,Астростилл)と呼ばれると今知ったが、ガラス格子状の丈夫なもの(バッジの薄さだとすぐ割れるが)で、オスタンキノテレビ塔の透明な観光客用の透明床パーツにも使われているという。筆者は高所恐怖症なので(何しろ東京タワーより高い)オスタンキノ見学のお誘いは全部断っているのだが。
脱線してしまったが、ともあれよく見る材質なのである。  

Posted by Yakov at 20:20Comments(0)

2024年03月10日

観光地(74)

 ちょっとまたキエフで。



英雄都市キエフ(マイダン以後愚かにも返上)の「ソ連邦英雄記章」と記念碑のデザインである。記念像はおそらく
https://voenkom.militaryblog.jp/e1131901.html
このヴィシュゴロドにある解放記念館の像だと思う。
もう降伏した方が身のためだと思うがゼレはいつまで粘る気だろか…。  

Posted by Yakov at 19:37Comments(0)

2024年03月09日

袋物(54)帝政

 大昔に買って忘れていた図嚢を。



革製の将校図嚢。一次大戦だと留め具にスナップを使うことが多いのだが、これは差し込み式である。戦時型なのか逆に初期なのかはよくわからない。



裏面。吊り具は通常DリングかOリングの所が四角形という変わったバージョン。



内側はセルロイドの様な何かで透明な格子が入っており、数字とアルファベットで位置が示せる。このアルファベットが1919年に新正字法に変わる前の帝政アルファベットということで時代の識別が付くのであった。  

Posted by Yakov at 20:31Comments(0)

2024年03月08日

С 8 Марта!

 皆様。国際婦人デーおめでとうございます。昨年、一昨年とうっかりしておりましたが今年は心を入れ替えましてお祝いさせていただく次第。



ソ連時代の3月8日バッジから。8の数字の周りにびっしりМАРТА (3月)マルタ....と書いてあるので読んでいるうちにゲシュタルト崩壊でМАРКА(切手)に見えてきて…あ、このバッジのデザインは切手みたいだな!…とそんなことでもないと思うが「切手」をかたどったお祝いバッジというのもなかなかステキである。遠く離れた皆さまにも切手を貼った手紙のようにご挨拶を届けたい…と気障なことを考えたが、いや、ネットの方が葉書より早く届くのでありました。



わかりにくいボケのお詫びにもう一つ。ブローチではなくバッジに分類されると思うのだが、レジンだろうか?透明な合成樹脂に封入されたミニチュアフラワーの様な可愛い系バッジも紹介しておきたい。そもそもお花を配るのがこの祝日の習わしなのであります。

С Праздником!  

Posted by Yakov at 20:04Comments(0)

2024年03月07日

観光地(73)

 そういえばプーチン大統領の世界青年祭閉会挨拶を見たところだった。



とても小さなバッジで上下がよくわからず(6弁の花だし)くるくる回してみたらСОЧИ、ソチのバッジと気が付いた。なんかのイベントのものでもなさそうで、温暖で花咲く街、ソチ、というところだろうか。閉会したばかりの世界青年祭、会場はこのソチであったのだ。  

Posted by Yakov at 20:08Comments(0)

2024年03月06日

観光地(72)

 ペテルブルク周辺で。



以前にもペテルブルクに近いプーシキン市(夏の宮殿があるツァールスコエセロの所在都市)のバッジ。モチーフとなっているのはエカテリーナ公園の池にある露土戦争記念オブジェ・チェスメの柱(1770年の海軍勝利記念)である。建造は1774-1778年で露土戦争終結とともに着工されたものである。
大理石の塔にブロンズの装飾をあしらったものでなかなか高いもの(灯台のイメージだろうか)なのでバッジデザインとしてはコラージュのように部分部分を組み合わせたものである。もっとも大祖国戦争中にナチドイツに手ひどく破壊され、1953年の修理も限定的なものであり、当時はまだ党全体の修理が終わっていなかったのかもしれないが。1996年のロシア海軍300年記念の年にようやく今のような復元が終了したようだ。  

Posted by Yakov at 19:34Comments(0)

2024年03月05日

スポーツバッジ(30)

 ちょっと古めのもので。



1936年結成のスポーツクラブбуревестник(ウミツバメ)のシンボルバッジ。1890年代からロシアの学生スポーツクラブは発展してきたわけだが、1929年からプロレトスツーダ本局のもと、各種専門別の学生スポーツクラブが結成されていく。この団体は高等教育機関・大学の学生、教官が対象で「若い革命家のシンボル」ウミツバメをシンボルにしたようだ。1957年、1970年代と近接領域「医学」「通信」「研究者」「労働予備」などのチームとの整理が続いた結果「大学生と教官」に絞られたわけだが。1970年代以後も600以上の学生スポーツクラブ、種目をまとめた巨大組織であった。会費は学生ゆえか、年30カペイクと安価であった。
この七宝入りのバッジは1940-50年代のものだろうか。裏はピン留めである。  

Posted by Yakov at 20:12Comments(0)

2024年03月04日

交通ネタ(242)

 大祖国戦の軍艦シリーズより。



軍艦シリーズでも有名どころ、セバストポリ、である。帝政期1908年に計画着手、1914年に完成したドレッドノート級戦艦として知られており、第一次戦に参加した。革命、クロンシュタットの反乱と乗員の運命は激動の中にあったが1921年からパリコミューンと改名、改装されて黒海艦隊に移籍、トラブルに襲われながらも更なる改修が進み黒海艦隊の旗艦となった。二次大戦では砲撃、兵員輸送その他に従事、セバストポリ防衛やクリミア戦線の維持に貢献、43年から再び「セバストポリ」の艦名に復帰した。45年7月に赤旗勲章を受勲している。バッジの星は「英雄都市セバストポリ」の星だと思われる。  

Posted by Yakov at 20:49Comments(0)

2024年03月03日

クレムリンの新年。

 本日はロシア交流協会のマースレニッツァイベントだった。今回のネタは時期外れではあるが、思いついたときに紹介しないと忘れてしまうのだ。



「春の祭り」でなく新年ネタで申し訳ないが、正月にクレムリンで選抜された良い子を招いてヨールカ祭、という伝統がある。以前そこで配るお菓子の詰め合わせ箱も何度か紹介したと思うが、今回はそれに向けたバッジである。配布数が少ないので貴重なわけだが、このように50年代の七宝入りのものはことさらに豪華である。何の気なしにロシアのオークションサイトを見たら軽く1000-2000ルーブルする人気アイテムのようだった。

  

Posted by Yakov at 21:11Comments(0)

2024年03月02日

海軍艦名(3)

 またちょっと記念バッジ系で。



裏はスクリューでなくピン式だが、かなりしっかりしているので乗員が記念に作ったものだと思われる。ジュダーノフ記念第190造船所で建造、1981年に進水、83-98まで就役していたソ連の駆逐艦「アトリーチヌイ」(優秀な)である。伝統的に形容詞が駆逐艦名につけられることが多いのだ。
国内、同盟国に加え米国を含めまさに世界中に派遣された軍艦で就役期間中、移動距離は150万カイリを越える。  

Posted by Yakov at 19:55Comments(0)

2024年03月01日

偉人(5)

 保安系で。



ロシア十月革命の幹部で非常委員会チェカ―の長官であったフェリックス・エドムントビッチ・ジェルジュンスキーのガラス製バッジ。かなり古いもので戦前のものかもしれない。半球のガラスの裏に印刷してあるので裏が剥離するとこのようにちょっと恐ろしげになってしまう。
ちなみにソ連のカメラFEDはジェルジンスキーのイニシャルである。  

Posted by Yakov at 20:22Comments(0)

2024年02月29日

交通ネタ(241)

 これまたイカしたデザインのバッジを。



国内戦で有名な花形武器、機関銃搭載の馬車「タチャンカ」である。エフ、タチャンカ!と書いてあるのは1937年のソビエト歌曲「タチャンカの歌」の掛け声であるのだ。
https://yandex.ru/search/?text=%D0%BF%D0%B5%D1%81%D0%BD%D1%8F+%D1%82%D0%B0%D1%87%D0%B0%D0%BD%D0%BA%D0%B0&search_source=dzen_desktop_safe&lr=10636
機関銃を搭載した小車両ということで大祖国戦争中、ジープ類に重機関銃を搭載したもの、戦後ピックアップトラックなどに機銃を積んだものも「タチャンカ」と呼ばれることがある。国内戦では当時のありとあらゆる機銃が使われていたが、防楯付のマキシム銃を積んだものがやはりイメージといえよう。バッジ自体は七宝のしっかりしたもので、60年代くらいのものだろうか。  

Posted by Yakov at 20:50Comments(0)

2024年02月28日

兵士の歴史

 シリーズがあるのは知っていたがまだ集め始めてもいないものを。



ソ連時代のロシアの戦士シリーズ・赤衛隊1917である。スマートに図案化されているがピクトグラムではないのでわかる人が見れば服の想像がつく優れたデザインである。これ以外には二次大戦中の女子交通整理員と空挺兵(年代未記載)しか持っていないのだが(どこにしまったか忘れた)
ロシアのオークションサイトを見ると革命水兵、1812年の竜騎兵、砲兵、1855年の提督、ザポロジェコサック、ジェット戦闘機飛行士、1918年コミッサール、1882年歩兵と20種類以上あるのだ。しかも長方形ベースと蒲鉾型ベースでそれぞれ…ああ、知るんじゃなかった、と後悔しつつマニア心がざわめくのであった。…いのります。  

Posted by Yakov at 19:50Comments(0)