2025年01月28日
観光地(139)
また古都シリーズで。

空挺学校でお馴染み、リャザンの紋章。ソ連時代は完全に紋章の存在は黙殺されていたらしいが、このバッジのように観光地用にのみ使われていた、という感じのようだ。1095年にペレスラブリ―リャザンスキーとして成立、1778年にリャザンと改名された。
紋章は初期は歩いている馬の図案であったが、17世紀に今のような戦士(大公)の図案が公式の印となった。モデルはミハイル・ロマノフである。
基本的にロマノフ像の周りにあしらわれた文様が変遷していったわけで、リャザン歩兵部隊の黄色い軍旗にあしらわれたり王冠や麦、ユニコーンや緞帳と時代により様々に変わっていった。このバッジの図案は1779年のものに近い。現在の紋章は赤いケープに金の留め具、緑のカブトと服に銀のズボンとシャーシュカというロマノフ像のある黄色い盾をを皇帝の毛皮王冠、グリフォンとユニコーンが取り巻く、というものになっている。
空挺学校でお馴染み、リャザンの紋章。ソ連時代は完全に紋章の存在は黙殺されていたらしいが、このバッジのように観光地用にのみ使われていた、という感じのようだ。1095年にペレスラブリ―リャザンスキーとして成立、1778年にリャザンと改名された。
紋章は初期は歩いている馬の図案であったが、17世紀に今のような戦士(大公)の図案が公式の印となった。モデルはミハイル・ロマノフである。
基本的にロマノフ像の周りにあしらわれた文様が変遷していったわけで、リャザン歩兵部隊の黄色い軍旗にあしらわれたり王冠や麦、ユニコーンや緞帳と時代により様々に変わっていった。このバッジの図案は1779年のものに近い。現在の紋章は赤いケープに金の留め具、緑のカブトと服に銀のズボンとシャーシュカというロマノフ像のある黄色い盾をを皇帝の毛皮王冠、グリフォンとユニコーンが取り巻く、というものになっている。
Posted by Yakov at 19:25│Comments(0)