2025年02月28日
観光地(151)
本日は日ロ交流協会60周年パーティで大使館に行っていた。この時間なので簡単に。

古都スモレンスクの紋章。1812年ナポレオン戦争、41年大祖国戦争の激戦地でもあるので19世紀にできた大砲の紋章か、と思っていたらそうでもなく。863年にできたスモレンスクはモスクワ攻略の要地でもある事から大動乱の時期など何度も襲われ、ポーランドの支配に落ちることもあった。その時期の図案はあまりに多いので割愛するが、この図案のモチーフ、雷を背景に鷹(もしくは極楽鳥)が大砲に止まる、というものは18世紀前半にはすでに定番となっていてロシアの連隊旗にもよく使われるデザインであった。さらにさかのぼれば14世紀にすでに同じモティーフのスモレンスク文字入りコインも作られていた。19世紀、ナポレオン戦争後にこの紋章が決まったという感じではなく、16,17,18世紀と同じ意匠のスモレンスクの部隊旗や郡の紋章も多数つくられており、ここの伝統的な紋章としか言いようがないのであった。二次大戦で英雄都市となってからは、さらにさまざまな意匠が増えてどんどん複雑になっていった。
古都スモレンスクの紋章。1812年ナポレオン戦争、41年大祖国戦争の激戦地でもあるので19世紀にできた大砲の紋章か、と思っていたらそうでもなく。863年にできたスモレンスクはモスクワ攻略の要地でもある事から大動乱の時期など何度も襲われ、ポーランドの支配に落ちることもあった。その時期の図案はあまりに多いので割愛するが、この図案のモチーフ、雷を背景に鷹(もしくは極楽鳥)が大砲に止まる、というものは18世紀前半にはすでに定番となっていてロシアの連隊旗にもよく使われるデザインであった。さらにさかのぼれば14世紀にすでに同じモティーフのスモレンスク文字入りコインも作られていた。19世紀、ナポレオン戦争後にこの紋章が決まったという感じではなく、16,17,18世紀と同じ意匠のスモレンスクの部隊旗や郡の紋章も多数つくられており、ここの伝統的な紋章としか言いようがないのであった。二次大戦で英雄都市となってからは、さらにさまざまな意匠が増えてどんどん複雑になっていった。
Posted by Yakov at 22:58│Comments(0)