2025年04月04日
観光地(168)
モスクワ州の街で。

モスクワ近郊のクリン市紋章である。1371年に誕生したこの街は15世紀にはイヴァン雷帝のゆかりの地としても知られている。
18世紀、ピョートル大帝の時代には大きく発達した商業拠点に発展した。1781年には上半分がモスクワの紋章(赤地に聖ゲオルギー)、下半分にこの図案のような騎手が白いベースにあしらわれた市章が制定された。この時は白馬に乗って黒い服を着、赤い蔵が載っていたが、1883年に騎手のサイズが大幅に増えたデザインができると黒い馬にまたがった国威、黒帽子、緑のマント、黄色い蔵の絵に配色が替えられた。
ソ連解体後の新ロシアで1998年位作られたデザインは黒い馬に全身緑の騎手、2007年には黒い馬に赤い服、緑のマントに黒い帽子、金の鞍、とこれまたガラッと配色が変わっている。ロシアでもそれぞれの色にシンボルとしての意味があるのだが、なんたる変遷。
このバッジのように淡色にしておいてもよかったような気がしてくる。
モスクワ近郊のクリン市紋章である。1371年に誕生したこの街は15世紀にはイヴァン雷帝のゆかりの地としても知られている。
18世紀、ピョートル大帝の時代には大きく発達した商業拠点に発展した。1781年には上半分がモスクワの紋章(赤地に聖ゲオルギー)、下半分にこの図案のような騎手が白いベースにあしらわれた市章が制定された。この時は白馬に乗って黒い服を着、赤い蔵が載っていたが、1883年に騎手のサイズが大幅に増えたデザインができると黒い馬にまたがった国威、黒帽子、緑のマント、黄色い蔵の絵に配色が替えられた。
ソ連解体後の新ロシアで1998年位作られたデザインは黒い馬に全身緑の騎手、2007年には黒い馬に赤い服、緑のマントに黒い帽子、金の鞍、とこれまたガラッと配色が変わっている。ロシアでもそれぞれの色にシンボルとしての意味があるのだが、なんたる変遷。
このバッジのように淡色にしておいてもよかったような気がしてくる。
Posted by Yakov at 20:38│Comments(0)