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Yakov

2025年02月20日

観光地(147)

 また古都で。



ウラジーミル州スズダリの紋章。街としてはもちろん古く、1024年にはその名が登場している(999年という説も)。スカンジナビアやバルト、ハンガリーとかの民族が混交した土地でもあり、スズダリの語源も多言語の合成語のようである。市の紋章はイワン雷帝の印章から始まるがこれの原型となったのは1729年、1781年にほぼこのような形になったわけだが、鷹の顔がちょっとシレーヌのようでもある。革命後は封印されていた紋章だが1960年代に非公式に鷹の紋章が復活、現在ではもっと「鳥らしい」顔の鷹になっている。  

Posted by Yakov at 20:03Comments(0)

2025年02月19日

国内記念メダル

 骨董市で見つけたのでちょっと。



1970年に開催された大阪万博、Expo70ソ連館の記念メダル。ソ連館ネタは何度か紹介したが翻る赤旗をデザインした「レーニン生誕100年」を記念したパビリオンだけに、今見ても実に恰好がいい。おそらく版権ものとして国内で作らせたのだろyが、デザインがいいので気に入った。



裏面にはソ連の国章。日本製かどうかは関係なく、良いものに巡り合えたと思う。  

Posted by Yakov at 19:25Comments(0)

2025年02月18日

観光地(146)

 久しぶりに古都シリーズ。



シベリア中南部、ハカシア共和国の首都アバカンの紋章。マニア的には自動小銃AN94のイメージが先に来るかもしれない。アバカン川の村自体は青銅器時代から知られていたらしいが歴史に登場するのは1675年にアバカン川の中州にロシアの石造りの要塞が築かれたことによる。1707年になってロシアに正式に組み込まれた。1931年まではウスチ・アバカンスコエという村でその後市になったわけだ。紋章が作られたのは新しく1980年。
デザインとしてはエニセイ川と空を示す青地に3つのストーンヘンジ、下半分にはキンポウゲ科の自生植物ジャルキーのピンク色の花が描かれている。  

Posted by Yakov at 20:01Comments(0)

2025年02月17日

防寒小物(34)

 毛皮帽など。



この間フリマで遠くから茶色いウシャンカが目に留まり、どうせ中国製の兎だろう…と思って近づいたらおそらくテンの毛皮帽であった。え?と思い裏返したら…



帝政時代からある伝統の毛皮メーカー、我々だと将校用毛皮帽でお馴染み、リスのマークの「ベールカ(栗鼠)」工場の製品であった。現在もロシア軍用防寒具の製造にかかわっており、2000年の製品のようであった。3000円なら、それは買うわなあ。サイズはギリギリ58くらい、きつかったらサイズを拡大しよう。  

Posted by Yakov at 20:46Comments(0)

2025年02月16日

ともかく食い倒れ(56)

 今回は仲間内からのお土産を。



年末年始ウズベキスタンに行っていたO氏から頂いたプロフの缶詰。いまは赤の広場が閉店してしまっているので補充できないと思っていたところにまさかの入手である。メーカーは違うようなのであとで食べ比べてみたいと思う。  

Posted by Yakov at 19:50Comments(0)

2025年02月15日

食器(124)

 日本の骨董市とか巡ってロシア民芸ものを買うことが増えてきた。



ホフロマ塗りのスプーンはロシア土産の代表だけあって遭遇率が高い。今回は安かったので買ったわけだが、一番上の黄色っぽいものはスプーンの凹みがただ丸くなっているだけで(普通は一番下のように涙滴型にえぐってある)口に入れるタイプと違うようだ。下側も容器にひっかけるようなカーブが付いた板状なので「大容器からよそう」ためのサーブ用のように見える。ちなみに3本で500円だった。  

Posted by Yakov at 20:03Comments(0)

2025年02月14日

ファッション通信再び(50)

 買って来たのは大昔だが。



90年代に買って来た1950年代くらいのジャケット。剣襟ダブルで好きなデザインだったのでちょっと着ていたが、ポマードとわきの下の臭いが消えないので放置していた。この間戦時中位の民間人の服が必要になってクリーニングしたらいい感じである。クリーニング業者にはいい迷惑だったかもしれないが。実際の色はかなり暗い色で、かすかに緑がかった紺色、という感じだが。



背中に小さなベルト留めがあるのもポイント。1930年頃の流行(その時はかなりデカく、軍用コートのベルト留めっぽい)がまだ残っていた時期、だろうか。しかし買った時はゆったり着ていた服が、今着たらパツンパツンだった。下に熱い下着を着ていたとはいえかなしい。いのります。  

Posted by Yakov at 19:47Comments(0)

2025年02月13日

映画関係(7)

 各種団体、とかの類でもあるが。



ソ連映画作家同盟のバッジ。1965-1991年に存在し(組織員会は57年設立)5年に一度総会が行われた。レーニン賞拝受(1971)。91年からは映画作家評議会に改組された。このバッジは初期のものだと思われる。  

Posted by Yakov at 20:29Comments(0)

2025年02月12日

食器(123)

 ホフロマ塗りの食器である。



赤を基調としたおそらくウォッカセット(サイズ的に)。漆塗りの塗膜が厚いので中に入れる食品にはあまり制限はない。木製なので高温のお湯とかはよくないかもしれないが。国内の小規模な骨董市でわずか200円で購入。さすがに安すぎないか?と思ったが「不用品」的位置づけなのか。
6個組、というのも三位一体で3の倍数を好むロシア人向けなのであろう。  

Posted by Yakov at 19:54Comments(0)

2025年02月11日

続・民警(98)

 今回は余談、というかデンビル的美意識は組織を問わない、という話を。



この間サイズ的に持て余していた服を適合サイズの人に譲る話になり、以前購入した民警法務部(ソ連時代の予審判事とほぼ被る)大尉の上着を引っぱり出し、記章を交換した。やけに固く突っ張らかった肩章の裏には…木製の定規が挟み込んであり、上ふたつの星も木製定規に穴をあけてぶち込み固定してあったのである(外す時に当然割れた)。まさにデンビルカスタム(徴兵期間終了後に着て帰る服を無茶に改造して故郷の歓迎宴会で自慢するためのもの)そのまんまである。民警のうちでもインテリとされる職務だが、これはもうDNAレベルで染みついた美意識なのであろう。



そしてもう一か所。ポケットフラップが妙に突っ張らかっていると思ったら裏地を裂いて堅い透明プラ板を挟み込んであった。徴兵任期満了でもあるまいに、これを着て毎日仕事に行くのにこの改造っぷりである。  

Posted by Yakov at 19:49Comments(0)

2025年02月10日

映画関係(6)

 記念祭系で。



1980年、タシケントで行われた第6回アジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国映画祭のバッジ。1958年にアジアアフリカ映画祭として始まり、76年に充てラテンアメリカ諸国も対象になり、タシケント国際映画祭自体は現在も行われている。この映画祭バッジは1958年の時から映写機がモチーフになっており、この年はマガジンが地球儀のデザインとなっている。  

Posted by Yakov at 20:31Comments(0)

2025年02月09日

帝政レプリカ(117)

 今回は小ネタを。



ゲオルギー勲章1級用の幅広リボンと安価なゲオルギー勲章のクレストである。フルサイズのリボンがあるのに(1級はリボンをサッシュ式に肩から掛け、十字を下端にひっかけるのが作法)なぜこんな断片を持ち出すのかというと…所用で暗殺されたアレクサンドル2世の有名な肖像ー騎兵型制服に大将のエポレットと近衛砲兵の襟章袖章をつけ、羽根つきのヘルメットを脱いで手に持っているものーを眺めていて腰に1級ゲオルギー勲章とリボンとが下がっているのに気が付いたのだ。位置的に「上着の下に帯剣した時柄をのぞかせる切れ込み」の位置であるため、1級勲章を佩用しているもののサッシュを服の表に出すと邪魔な場合、軍服の下にサッシュを締め、端をちらりとのぞかせている、と気づいた次第。切欠きつきの上着を持っていないので、この位置に縫い付けておくのもありだな、ということで組んでみた。フルサイズのサッシュと出来のいいゲオルギー勲章(持ってはいるのだ)を組んで見せるような高級将官の制服が今後手に入れる自信などないのだが。  

Posted by Yakov at 20:30Comments(0)

2025年02月08日

観光地(145)

 また古都で。



ノブゴロド州にある古都、スターラヤ・ロサの紋章。語源的にはご想像通り「古きロシア」である。1167年に街となり、1552年まではルーサと呼ばれていた。
紋章の方だが、これは1780年にできたもので(バッジなので見えにくいと思うが)上半分はノブゴロドの象徴で、銀の地に二等の黒い熊が黄金の椅子を支えているものとなっている。椅子の前には十字架が交差、背もたれの上には3本ろうそくの燭台、赤い座布団が描かれている。
下半分は赤地に緑の地面、レンガ造りのかまどには火が燃えており、蛇口から出る塩水を煮詰めて塩を作っているデザインとなっている。この1780年デザインはバッジではだいぶ簡略化されているが。現代の紋章はこの下半分を独立させて黄金の王冠を加えたものだが、配所いくはだいぶ変わっていて「金の蛇口から青い水が出て灰色のかまどの上で煮られる」配色となっている。塩はどこにいった?なわけだが。まあアバウトな現代化といえばそういえる気がする。
ちなみにソ連時代は歯車と噴水の全く違うものが使用されていた。  

Posted by Yakov at 20:04Comments(0)

2025年02月07日

映画関係(5)

 現代ロシアのバッジだが。



モスフィルムの売店で買ったバッジである。映画コンサルの友人が多いので納品に付き合ったり打ち合わせ挨拶に同行したり、だが。
小道具倉庫とかあるのでちゃんと玄関で入館証とか車の番号登録とかするわけだが、モスフィルム管理部門と各種独立営業プロダクションの個室、専用倉庫、メイク室などがあるのでその個別スタジオ所有の小道具を譲ってもらうことならたまにある。バッジロゴのになっているコルホーズ員と労働者の像はいまでもVDNKhに飾られている。
  

Posted by Yakov at 19:06Comments(0)

2025年02月06日

国際関係(7)

 どちらかというと「空挺軍の日」などの各種記念日を兵科ごとに祝う的な感じだと思うが。



国際戦士に栄光あれ!と描かれたこのバッジは現在2月15日に行われている祖国のために身を挺したロシア人の日の前身、1989年にアフガニスタンからの帰還兵を祝福する式典、ボリス・グロモフ少将が装甲車でソ連に帰還した日を記念するものとなっている。かつて国際共産主義戦士、という記念バッジが授与されていたわけだが、2010年にロシア公式の記念日となった時は「国際戦士の日」という名称になっていた。
このバッジがソ連時代か2010年以降か正直よくわからないが、マルクスとレーニンのレリーフは維持されている(ソ連時代の記章は握手する手が描かれていた)。バッジのつくり的にはかなりソ連ぽい気はしている。
  

Posted by Yakov at 19:51Comments(0)

2025年02月05日

観光地(144)

 また古都シリーズだが別の項目用画像も撮り溜めてあるのでまあ。



ヤロスラブリ州第二の都市ルィビンスク紋章。この街は1984-89年にアンドロポフ市と改名されていたこともある。ヴォルガ、シェクスナ、チェリョムーハの各川に面している。市名が肴に縁がある事は紋章からもうかがえる。街自体の誕生は1071年、ウスチシェクスナが1504年にルィブナヤ スロボダ、1777年にルィビンスクとなり、エカテリーナ2世の時代にこの紋章が定められた。戦後の一時期シチェェルバコフ、最初に書いたように案撮りポ節に変わるなど市名は変遷している。
紋章が小さくて恐縮だが、赤地に上半分にはヤロスラブリの紋章である「金の戦斧を担いだ熊」中心に川を示す青い線と緑の岸、エカテリーナ2世ゆかりの金の橋、2匹の銀のコチョウザメが描かれている。ソ連時代は使われていなかった旧紋章が21世紀に再び使われ出したことになる。
  

Posted by Yakov at 19:10Comments(0)

2025年02月04日

観光地(143)

 また古都シリーズ。



ロシア連邦、チュヴァシ共和国の首都チェバクサーリの紋章である。人形アニメ映画チェブラーシュカで動物園の警備員が百科事典でチェブラーシュカと名乗る動物を調べたときに、チェバクサリ…次はチェマダンか…載っていないねえ。のシーンで登場する地名でもある。
正史には1469年に登場、ヴォルガ水域、チェバクサリ川に面した街が20世紀初めに合同してこの複数形の名前になった。ピツィガーニ旅行記の地図には名前がないものの1367年に記されており、12-13世紀にできたと考えられている。
紋章は編隊を組んで飛んで炒る銀のカモが5羽、ヴォルガの波模様、樫の葉をかたどった文様と1469の文字、となっている。現在はこの周りに金のホップの葉や3つの赤い八芒星がくわえられたものになっている。  

Posted by Yakov at 20:05Comments(0)

2025年02月03日

情操玩具(113)

 昨日は千葉のゲームフィールド・ジェロニモさんでのパルチザンイベントで力尽き、更新を休んだ。
今回はまた日本の骨董市で購入したもので。



丸木でできた人形。ソ連の西あたりの民族衣装だと思うが説明書きもなく詳しいことはわからない。モルダビアあたりの気もするが、バルトではない、くらいしか同定できない。お顔はひょっこりひょうたん島的なイメージだが、赤いのは口なのだろうか。もし鼻ならとんでもないことになるわけだが。
衣装もよく細工されてあり、服の方がメインなのかもしれない。



芯はこのように丸木なわけだが、前後に木の板でできた型を張り付けてあって左右対称だが轆轤細工のこけし状ではない程よいフォルムに調整してある。  

Posted by Yakov at 20:14Comments(0)

2025年02月01日

観光地(142)

 また古都シリーズが続く。



モスクワの東、コストロマ州の街チュフロマの紋章。1381年に公史に登場した街でチュフロムスキー湖に面している。語源的にはフィン語を話すエストニア系のものらしい。
この紋章は1779年のもので、上半分がコストロマの紋章である黄金のガレー船(灯火と梯子が見える)、下半分は漁に使う5枚歯の銛(銀の歯に金の柄)がクロスされたものになっている。その後王冠が組み合わさったりデザインの変遷が見られ、現在では下半分、クロスした森の部分が紋章となっている。ソ連時代、この紋章は公式には使われなかったが歴史的記念品には使われている非公式紋章の位置づけであった。  

Posted by Yakov at 20:40Comments(0)

2025年01月31日

観光地(141)

 また古都シリーズで。



リャザン州、オカ川に面した街、カシモフの紋章。語源的にはカザンから来たタタールのハン、カシムにちなんでいる。1015年にできた街で1152年に正史に登場、1376年まではガロデェッツ・メルシャン、1471年まではノーヴォイニゾヴォイゴーラドと呼ばれていた。15世紀のタタール支配からイヴァン雷帝との戦いで勢力は弱まり、16-17世紀にカザン汗国が消えることでロシアの完全な勢力下に組み込まれた。
この紋章は1779年のもので(公式にはソ連時代は紋章は使われていなかった)、上半分はリャザンの紋章のパーツ、https://voenkom.militaryblog.jp/e1151973.html
緑の帽子と銀の鞘と剣が選り抜かれており、下半分は造船の森で作られている黄金の船の骨組みになっている。
1864年に改訂されたレイアウトが「帽子、船、穂の紋章では船の骨組みに竜の頭が完成しており、現在の紋章では王冠と船の竜等にも冠がくわえられた紋章となっている。」  

Posted by Yakov at 19:29Comments(0)