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Yakov

2025年01月31日

観光地(141)

 また古都シリーズで。



リャザン州、オカ川に面した街、カシモフの紋章。語源的にはカザンから来たタタールのハン、カシムにちなんでいる。1015年にできた街で1152年に正史に登場、1376年まではガロデェッツ・メルシャン、1471年まではノーヴォイニゾヴォイゴーラドと呼ばれていた。15世紀のタタール支配からイヴァン雷帝との戦いで勢力は弱まり、16-17世紀にカザン汗国が消えることでロシアの完全な勢力下に組み込まれた。
この紋章は1779年のもので(公式にはソ連時代は紋章は使われていなかった)、上半分はリャザンの紋章のパーツ、https://voenkom.militaryblog.jp/e1151973.html
緑の帽子と銀の鞘と剣が選り抜かれており、下半分は造船の森で作られている黄金の船の骨組みになっている。
1864年に改訂されたレイアウトが「帽子、船、穂の紋章では船の骨組みに竜の頭が完成しており、現在の紋章では王冠と船の竜等にも冠がくわえられた紋章となっている。」  

Posted by Yakov at 19:29Comments(0)

2025年01月30日

観光地(140)

 また古都シリーズで。



モスクワから北東に896キロ、キーロフ市ソ連時代の紋章である(1969年)。ご想像の通り、1934年に改名されてキーロフ市になったわけだが、それ以前はヴャトカ、1457-1780年まではフリノフと呼ばれていた。1181年に作られ、正史に名を記されたのは1374年でヴャトカが伝統手的な市名といえる。15世紀、自立した共和国としてよく知られた存在である。伝統的な標章の弓が「黄色地に雲から突き出る弓手の腕、として近隣地区の紋章の上半分に描かれたりしてきたように、ソ連時代の紋章左下に黄色地の弓が見える。紋章の大部分化赤地に緑のモミの木と黄金のリス、歯車と化学用ガラス器「レトルト」で化学と工業を表す意匠になっている。現代の紋章は伝統的な黄色地に雲から突き出た弓、王冠を組み合わせたものになっている。  

Posted by Yakov at 20:38Comments(0)

2025年01月29日

現用将官(2)

 最新といえる装備で。



2017年対独戦勝式典で突然登場し、関係者以外が驚いた詰襟礼服の将軍用である。胸の鷲章からわかるように、後方支援・兵站部管理の上級幹部である。帝政以来の伝統色モルスカヤ ヴォルナー:海潮色は写真に撮ると青く写ることが多いのだが、このように美しい青緑色なのである。まあ今さらだが。



現物を見ないとわからない、襟部分のスナップボタン(クリヤープラ製)と腰のベルト支え金具を見せておきたい。
ちなみに背中の切り替えしだが、プリンセスラインに背中には継ぎ目がなく、広い生地を使っている辺りがまた贅沢である。
  

Posted by Yakov at 20:39Comments(2)

2025年01月28日

観光地(139)

 また古都シリーズで。



空挺学校でお馴染み、リャザンの紋章。ソ連時代は完全に紋章の存在は黙殺されていたらしいが、このバッジのように観光地用にのみ使われていた、という感じのようだ。1095年にペレスラブリ―リャザンスキーとして成立、1778年にリャザンと改名された。
紋章は初期は歩いている馬の図案であったが、17世紀に今のような戦士(大公)の図案が公式の印となった。モデルはミハイル・ロマノフである。
基本的にロマノフ像の周りにあしらわれた文様が変遷していったわけで、リャザン歩兵部隊の黄色い軍旗にあしらわれたり王冠や麦、ユニコーンや緞帳と時代により様々に変わっていった。このバッジの図案は1779年のものに近い。現在の紋章は赤いケープに金の留め具、緑のカブトと服に銀のズボンとシャーシュカというロマノフ像のある黄色い盾をを皇帝の毛皮王冠、グリフォンとユニコーンが取り巻く、というものになっている。  

Posted by Yakov at 19:25Comments(0)

2025年01月27日

情操玩具(112)

 今日は正月に某所で見つけた懐かしの品。



骨董市で見かけた量産型民族人形。ぱっとみてああ、と思い、裏を見たらモスクワ免税店のシールが。アイルランド合弁のとこの旧ロゴだったので2000年代初めから2010年くらいの間だろうか。陶器のような質感の本体は量産型だが、服の方は丁寧に縫製されていた。当時11ドル。大体あそこではルーブル計算の方が有利なのでいつもルーブル払いで買っていた。  

Posted by Yakov at 19:50Comments(0)

2025年01月26日

観光地(138)

 昨日、本日のビクトリーショーご来場の皆様、お疲れ様でした。今回もまた古都シリーズで。



1434年に歴史に登場、1778年に市となったアレクサンドロフの紋章。ウラジーミル州にあり、いわゆる黄金の輪の一つに加えられている古都である。イワン雷帝の籠っていた街であり、帝政ロシア時代から鉄道の要地としても有名である。
紋章の方は1781年にできたもので、上半分はウラジーミルのシンボルである十字架を持ったライオンで、下半分はカナトコ2つに挟まれた万力が描かれており、工業と金属加工職人を表している。  

Posted by Yakov at 21:24Comments(0)

2025年01月24日

帝政天下の回りもの(3)

 明日明後日と浜松町でビクトリーショーなのだが、もちろん準備はこれからである。





1910年から26年まであったロシアアジア銀行の1ルーブル紙幣。ハルビンルーブルといわれているものでいわゆる私的発行通貨である。フランス資本が8割、ロシア(中国との合弁銀行が前身)資本が2割でロシアの産業、軍などへの融資を行っていた。その後フランス資本へと移行したが、これはロシア革命後に脱出してハルビンに本社があった(1918-20)時のものである。イルクーツクにあった本社ビルは1918年に接収され、市役所から病院に転用されるなどした。  

Posted by Yakov at 19:12Comments(0)

2025年01月23日

観光地(137)

 結構な大都市である。



ヨーロッパロシアの南東部、ヴォルガ沿岸の街サラトフの市章である。1590年にでき、1708年に市に昇格した。16-127世紀に三度ほど場所を移動している。またステンカラージンの乱では3日間の略奪にあったことも、交通の要所でもあり、工業でも名の知られた都市でもある。
紋章は3尾の銀のステリャーディ(セブリューガの仲間のコチョウザメ)がギリシャ数字のイプシロン型に頭を突き合わせているもので、1781年に作られた。イプシロンは住民の生活(交易?)の三叉路を示しているなどの説がある。この図案は基本踏襲されて使用されているが、1967年には上半分が赤に槌鎌、下半分がこの紋章というデザインが選ばれたりもした。
  

Posted by Yakov at 19:30Comments(0)

2025年01月22日

帝政天下の回りもの(2)

 今回もさほど珍しいものではないが。





帝政期1898年の1ルーブリ紙幣。この頃は紙幣のサイズが額面で変わるのが普通だったので老眼には助かる。現代ロシアも初期はそういう感じだったが、どんどん同じようなサイズに変わっていって困るのである。1ルーブリやコペイクなどコインももちろんあったが、50カペークなどの紙幣もけっこうあった。ロシア本国だとちょっと珍しいものはまた次回に。  

Posted by Yakov at 19:19Comments(0)

2025年01月21日

観光地(136)

 また古都シリーズ。



スモレンスク州にあるドロゴブシュの紋章。8世紀に歴史に登場したロシアでも最も古い町の一つである。ノブゴロドやトヴェリ州にも同じ地名尾がある。語源としてウクのヴォルイーニにある同名の地から取ったらしい、とウィキにあったが、最近ウク人が勝手に書きかえる事案が多いので保留しておく。ドニエプル川に面していてスモレンスクまで113kmの場所にある。
市章は1780年、エカテリーナ2世時代に制定されたもので赤と白は英雄主義、勇気と魂の象徴、金色の麻の束は豊さと団結を意味する。この意匠は現在も大体同じデザインで使われている。  

Posted by Yakov at 20:19Comments(0)

2025年01月20日

帝政天下の周りもの(1)

 旧ブログで紹介した時はまとめて画像一枚、とあんまりだったhttps://voenkom.militaryblog.jp/e786287.html
のでちょっと画像を大きく。





神奈川まで空き瓶をあさりにいった(骨董市の事なので誤解なきよう)時に出くわした古銭商のとこで買った1909年10ルブレイ紙幣。金本位制の時代なので金ルーブルとの兌換券と明記してある。まあモスクワのコレクタークラブにいけばもっと安く買えると思うが、今のご時世と早々に貸し出す予定もあったので購入した。特に珍しいものではないが、3回目辺りに『これが本命』を紹介したい。  

Posted by Yakov at 21:33Comments(0)

2025年01月19日

普通のマトリョーシカ(21)

 またも国内で購入したシリーズ。



かなり古い時代、といってもソ連時代だろうが、素朴なタイプのマトリョーシカ。2個目からは服もシンプルな線3本で位置関係を定めるようなデザインいなっている。7個写っているが最後のマトリョーシカも中身がありそうだが欠品となっている。まあ7番目のものも緑一色で塗られているものなので8番目もそういう感じだと思う。  

Posted by Yakov at 23:09Comments(0)

2025年01月17日

観光地(135)

 また観光地で。



モスクワの北東にあるヴォログダの紋章(1967年制定)である。ヘラジカの意匠の右上は1147年都市誕生の年と帆船・ノヴゴロドの北方交易文明のシンボル、左下に針葉樹が描かれている。歴史ある古都であり、大動乱の時代、ノヴゴロドからモスクワ公国への移譲、イワン雷帝とのゆかりの地、と紹介すべきことは多い。現在の紋章は「雲間から覗く「剣と黄金の玉(権力の象徴、双頭の鷲が左足にもっているアレである)を握った黄金の腕」に替えられている。  

Posted by Yakov at 19:51Comments(0)

2025年01月16日

現用将官。

 現用服といっても筆者が趣味を始めたころには1969年式が現用、94、97、2009、2013・・・・とずれこんでいくわけだが、最近ではついにニコライ2世時代が「現用」に見えるように感覚が狂ってきた。



2015年式の陸軍将官パレード服(階級章がよく見えないのはお察しください)。2015年指令書ではまだユダシキンの4つボタン+胸に切り替えしの図版が載っているが、同じ指令書の空軍将官はこの裁断がのっており、移行期といえるのかもしれない(結果このよりソ連式に近い裁断が主流となった)。



背面は真ん中に継ぎ目があり、プリンセスラインぽくもあるがやや直線的な裁断となっている。この後ほぼ毎年のようにマイナーチェンジが続くのである。この時はまだ将官用胸章はできていない。

  

Posted by Yakov at 20:24Comments(0)

2025年01月15日

観光地(134)

 ちょっと都市シリーズが続くが…



モスクワを囲むいくつかの古都を「黄金の輪」と呼ぶわけだが、そのひとつトゥターエフの紋章である。ヤロスラブリ州にあるこの街だが、街の名前は1918年にヤロスラブリ暴動で戦死した赤軍兵士の名前からとられており、1822年にロマノフ市とボリソレフスク市が合併して革命前はロマノフ―ボリソレフスクが市の名称であった。ロマノフ市は8世紀後半から歴史に登場する古都で、ロマン・ウラディミーロビッチ・ウグリツキー公にちなむ。彫りそぐレフスクの方はロマノフ市より古く、その名はボリス、グレプの両協会が元になったという。観光地としては黄金の輪の一つでもあるように美しい教会が目玉となっている。紋章の方だが、このバッジでは1778年のロマノフ市の紋章、ヴォルガ河の両脇に黒い線を加えた盾が使われているが、同年のボリソグレフスクのバラの輪に包まれた熊(ヤロスラブリの象徴なので肩に戦斧を背負っている)の意匠がロマノフ市の盾の左下に合成された紋章が現在のものとなっている。  

Posted by Yakov at 20:41Comments(0)

2025年01月14日

観光地(133)

 古都ペンザで。



1663年にペンザ要塞が築かれたことに始まるペンザはカザン州の大都市として発達し、文化的にもよく知られた地方である。
紋章だが、バッジだとよくわからないと思うが3束の穀物の束はそれぞれ違い、左から小麦、大麦、キビ(?)の類の雑穀になっている。希望を表す緑と金の配色は豊な土壌を示してもいるわけだ。帝政ロシアの街としては最も古い市章のひとつであるらしい。  

Posted by Yakov at 19:27Comments(0)

2025年01月13日

観光地(132)

 モルドバになった街で。



原題モルドバではキシニェフに次ぐ人口の街「ベリツィ」の紋章。1620年にできた(15世紀から記録はある)ベッサラビアの街であり、ナポレオン戦争のころからロシア帝国の版図に入ったかたちである。ユダヤ人の非常に多い街であり、二次大戦では深刻な被害を受けた。
銀御馬の頭がデザインされているが、モルドバになってからは1830年のものに似たモルダビアの鎧を着た弓兵が2頭の銀の馬に挟まれたデザインに変わっている。  

Posted by Yakov at 20:43Comments(0)

2025年01月12日

観光地(131)

 また古都シリーズで。バッジのシリーズは「昔の市章」となっている。



ヤロスラブリ州の古都ダニーロフの紋章。15世紀には記録に出てくる街だが、村から市に昇格したのは1777年である。
市の紋章は銀のベースにチェス盤と戦斧を背負った熊(ヤロスラブリの紋章である)が反面から覗いている形だが、エルミタージュの修復で有名なP.カリーキンによると、ピョートル大帝に好かれていなかった(この街について気に食わないことが多く激怒したという)ダニロフ市民からチェス好きの皇帝に贈られたチェスセットに拠る、という。銀の駒と銀のチェス盤はのちにエルミタージュに飾られたという。この時は銀と黒のチェス模様だが、のちに豊かな大地を示す緑と銀のチェス模様に替えられている。  

Posted by Yakov at 20:14Comments(0)

2025年01月11日

民芸小物(8)

 今までパレフの塗り物を取り上げたことはあったが…。



細密画で中世風の服装の人物など幻想的なイラストd知られるパレフ村の漆塗りだが、こういうシンプルな花柄も好まれているのだ。世田谷のボロ市でロシア人形と一緒に買ったので思い出したように紹介してみた。裏のピンが簡単に取れたりするので修理がつきものでもある。埋め込んであるタイプなら安心なのだが。  

Posted by Yakov at 20:08Comments(0)

2025年01月10日

戦後将官型肩章(35)

 以前送ってもらったもので漏れがあったので。



シリア関係で2015年辺りから採用された熱帯用戦闘服用肩章(大将)。エポレット差し込み式なので熱帯用オフィス服用ではなく、将官用としてはやや変則的な戦闘服用ということになる。シリアではしばらくベージュ一色の戦闘服が主流だったが、その後数年で沙漠迷彩服が主流になったのだが、これは初期のものだと思う。荷物が黒いビニール袋に直接入っていたもので半年くらい気づかずにいたのだ。  

Posted by Yakov at 19:15Comments(0)